荒れ寺
「ヒコイチさんご存知ないですか?いまトメヤさんには役者顔負けの見習いさんと、愛想のいいかわいい黒猫がいて、女のおきゃくさまをたくさん呼び込んでいるって」
「そう、 ですかい・・・」
その『愛想のいいかわいい黒猫』が『旦那様』だよ、とは口がさけてもいえない。
「・・ん?しろい・・ねこ? あれ?おれんちのほうには、このごろそういうのがいるが・・・」
長屋に出入りする白い影をおもいだす。
「じゃあ、教えてさしあげるといいですよ。どうやらお坊様はその猫をさがしておいでのようでしたから」
その白い猫をさがしている坊主が、果たしてチョウスケが語った坊主なのかはわからないが、なんだか、『坊主』が、じわりじわりとカンジュウロウに近づいていっているのが嫌な感じがする。
成仏できない、植木に憑いた女たちを、たやすく《成仏》させ、旦那さまについた鬼をも《祓う》法力をもつ『坊主』がちかくにいる
それを考えると、ひどくおちつかなくなる。
その坊主ならばきっと、あの《猫》になったカンジュウロウを、きっちり成仏させてやることができるだろう。
だが・・・待ってくれ
チョウスケの旦那様にかかわった奥様方は、成仏したかったから、坊主に頼みに行った。
だが、カンジュウロウは?
あれは、成仏したいのにできないのか?それとも、自分の意志でこの世にとどまっているのか?
いま聞こうにも、黒猫はしゃべらない。
だが、あの《猫》にその坊主が会えば、きっと、この世のものではないと気づくだろう。
そうしたら、そんな『法力』の強い坊主は、あの黒猫を、どうする?
そう考えたら、じっとしてなどいられなくなったのだ。
懐のなかで水晶をにぎりこむと、首のうしろがぞわぞわとしてきた。
みあげた空はくもり、ぬるく重たい湿り気が、肌に巻き付いてくるにもかかわらずだ。
めざしたのは、『石』をおさめた、あの寺だった。
長屋にくる白い猫を捕まえて坊主をよぶことも考えたが、あのきまぐれな生き物をすぐに捕まえられる自信はない。
それよりも、てっとりばやい方をとることにした。
『ありがたい』重い石をかついでのぼった石段に足をかける前に、あらためて離れてみて、寺のある山をながめる。
寺の前の道はこれまで何度も通ったことがあるはずなのに、石段や立派な石垣などの印象がまったくない。通るたびこの石段も石垣も目にしていたはずだ。それなのに、このあたりは竹藪だという印象しか残っていなかった。
汗のにじんだ首の裏を手拭いでふき、石段から道をはさんだ木々の奥に、小さな甘味処があるのをみつけてはいることにした。
店のばあさんに寺のことを聞けば、驚いたように「あんた、そこの荒れ寺になにしにいきなさる?」とお茶をだされた。
「荒れ寺?」
この前のぼったときにはそれほどではなかったように思う。老婆は、そうよう、と眉をよせてうなずいた。
「わしが子どもンときからもうながいことお坊様もおられん寺だけど、むかーし、どこだかのえらいお坊様がつくられたとかいうんで、こわすわけにはいかないっていうはなしでなあ」
「へえ。『えらいお坊様』かい」
さて、どのようにえらかったかは覚えていない、と笑って老婆がだしてくれた団子をかじりとり、気をいれなおしたヒコイチは、その石段をまたのぼることにした。




