鬼となるてまえ
坊主は教えられたわけでもないのに、勝手に庭の方へとまわり、亡くなった奥様がたの化身ともいえる植木をみわたした。
チョウスケが旦那さまを呼ぼうと部屋の戸をあける前に、いきなり旦那様が走り出て、庭に立つ坊主に「でていけえ!!」とさけんだ。
荒い息をする旦那さまは、見たこともない、鬼のような顔をしていた。
それをみた坊主は、わらった。
『 ほお。鬼となる手前だったか。角の先は出ておるか? 』
鬼!?
いやいや、たしかに今はそんな顔をしているが、旦那さまは普段、いつも穏やかな・・・。
チョウスケが旦那さまをふりかえると、その灰色の髪の間から、ぬっと牛のもつ角と同じものがつきだした。
そんな・・・・・
『 それほど女たちを離したくないか? だがな、女たちはもう、離れたいともうしておる 』
坊主は懐から、じゃらり、と澄んだ玉を長くつないだ数珠をつかみだした。
それを見た旦那様が獣のようなうなり声をあげ、いきなり坊主にとびかかった。
・・・あんなに穏やかで、いつもちゃんとした旦那さまが・・・
坊主に軽くかわされ、庭に転がった旦那さまを助けにいくべきか、チョウスケは迷った。
『 そこな方、塩ひと盛りと、酒をご用意くだされ 』
落ち着いた声の坊主に顔をむけられ、うなずいたチョウスケは台所へ走った。手がふるえ、塩はひと盛りどころか山盛りになった。酒は旦那さまがお客様用としているのをつかんだ。走ってもどれば、旦那さまはなにやら叫び声をあげ地面をころがりまわり、坊主はそのまわりを歩き回っている。
なにを・・している・・?
どうやら坊主は手にした杖で地面になにかをかいているようだ。転がる旦那さまはそれをやめてほしいと必死に訴えている。
「だ、だんなさま!痛いんですか?」 だとしたら、なんとかしてやりたい。
旦那さまと坊主を見比べる。あの杖をとめればいいのだろうか?
すると、坊主がにやりと笑った顔をチョウスケへむけた。
『 その忠義の深さが、そなたの主人を助けよう。さあ、こちらへ酒を 』
さしずされた通り、チョウスケは坊主が杖でつくった地面の細い溝へ酒を流した。酒は土にしみこまず、まるで坂道かのように、溝をはしる。
じゃら
坊主が数珠をつかみ、ぶつぶつとなにかをつぶやく。
ひいっ!と鬼の顔をした旦那さまがのけぞる。
「だ、だんなさま」
『 はなれろ 』
坊主の声に、ゆらりと立ち上がった旦那様の肩がぐらぐらとゆれ、がくんと前にしなったかと思おうと、その背から濃い煙のような黒い人影がたちのぼった。




