長屋のチョウスケのはなし
はいってきたのは久しぶりに顔をみるおなじ長屋にすむチョウスケで、手には、酒をさげていた。
このチョウスケがつとめるお屋敷の『旦那さま』には、死んだ女が三人ほど《とりついて》いるのだが、本人はそれに満足しているという変わった状況が続いている。
そのはなしをまえにチョウスケからじかにきかされたヒコイチは、この男がつとめる『お屋敷』について、こちらからきくことはいっさいない。
なのに、そのお屋敷の『旦那さま』から《いただいた》という酒をいっしょに飲もうと、かかげてみせた。
「 いやあ、ヒコさん。旦那さまがこのたび、奥さま方をおみおくりなさってな、これはその祝い酒だ」
「おみおくり?って・・・、まだとりついてんだろう?」
勝手にあがりこみ、勝手に湯飲みをさがすチョウスケは、洋装も着なれた洋風なお屋敷勤めの使用人らしく、慣れた仕草でふたつの湯飲みに酒をつぐと、大げさな動きでひとつをよこす。
「だからあ、旦那様がようやく意を決して、『とりついた奥様方』を、きちんとあの世へおくったのさ」
「はあ?あの旦那が? だって、満足してたんだろう?」
ああもちろん、とチョウスケは湯飲みに口をもってゆく。
「 ―― 幽霊に会ってるっていうのに、うちの旦那様は別に体の具合も悪くなかったし、奥様たちに会えるのを楽しみに暮らしていらっしゃる。 ―― と、おれは思ってたんだけど、 どうにも、 逆さ だったみたいで」
「さかさ?」
そうなんだよ。とチョウスケは湯飲みを干して口をぬぐった。
「いやあ、あのお坊様がみえなかったら、どうなっていたか」
腕を組み、ひとりうなずく。
「 ・・・『坊さん』が、きたのかい? お屋敷へ?」
またしても《坊主》がでてきた。
「ああ。一昨日の朝に、お屋敷の門をたたく音がして――」
出てみれば、なりの大きな乞食坊主のようだった。
それほどきたならしいわけではないが、着物は裾がすりきれ、素足に草鞋をはいている。手にする太い杖にはお経のような文字がずらずらと彫られているが、ほとんど読めない。
穏やかと言うよりはしっかりとものを見ているような眼が、チョウスケをみおろした。
てっきり経をあげて施しを乞うのかと思ったら、いきなり、『 こちらの庭木どもが、もうすぐ火を吐きこの世を去るつもりらしいぞ。 ほかの木々もいっしょに燃えると申しておるゆえ、お屋敷も燃やすつもりだろうて。 さて、いかがとする 』などと言う。
頭のおかしい坊主にはないその語り口とまっすぐな眼に、チョウスケはすぐに相手をまねきいれ、旦那さまを呼びに走った。
「 ―― そこからがヒコさん、すごかったんだ」




