乾物屋キフショウのカンジュウロウ
店主という《店の顔》である男たちの集まりで、カンジュウロウは、セイベイと同じ歳ほどであったのに、すでにそれなりの貫禄を持つ男として扱われ、振る舞ってもいた。
隣に座った小間物屋が教えてくれたところによれば、カンジュウロウが乾物をおろす商売から、量り売りにする店に切り替えた。それでその店が繁盛して店構えも大きくなり、店主は若いカンジュウロウに代がわりもした。
この辺りでは『乾物屋』といえばカンジュウロウの店『キフショウ』のことだ。
反対隣りに座ったろうそく屋の主人が小声で、どうやらカンジュウロウさんは、どこかのわけありの大店が、名をださぬようにはからってからだした、養子らしいですよ。と、セイベイに教えた。小間物屋が膝をうち、どおりであの歳であの貫禄だ、うちの息子もみならってほしい、とむこうで酒をくみかわすカンジュウロウを目でさした。
「なんでエそりゃ?」
おもわずヒコイチは聞き返した。
「いったいどこの大店だよ?」
「さあ。本人にきいたら、わらってうなずいたが、大旦那に迷惑がかかるからと最後まで口にしなかったね。 ただ、ときどきこの辺りじゃないお国ことばを口にするから、一時期その辺にいたんだろうって察しはついた。ほのめかしたら、若い時分に《あっちこっち》ふらついてたんで口に残ってるんだとかわらって、手をふって、《あっちは『極楽』こっちは『地獄』》なんて、適当なことしかこたえなかったよ」
そのときセイベイからききだせたのも、そんなことだけだった。
《乾物屋》である黒猫がしゃべらなくなったのを目にして帰ってからのこの二日は、いままで生きてきた中でいちばん頭を悩ませた。
普段であれば頭でごちゃごちゃと考えるよりは、とすぐに動くのだが、セイベイの背中を思いだすと動けなかった。
たとえば、どうにかして黒猫をまたしゃべらせるようにできたとしても、そのカンジュウロウが死んでいることに変わりはない。またしゃべったカンジュウロウを、セイベイはどう思うのか。
元気だったカンジュウロウがいきなり死んだとき、セイベイはしばらく力がぬけたようになっていたが、そのあとすぐに、いつもの『西堀の隠居』に戻っていた。いま思えば、あのころに、黒猫にはいった乾物屋が戻ってきていたのかもしれない。
『 だってあいつは、とっくに墓にはいってるんだから 』
あれは、『生きて』いたときのカンジュウロウを思い浮かべてくちにした言葉だろう。
ここでまた、ヒコイチは《乾物屋》がはいっている黒猫のことをまた考える。
死んでいた黒猫に《乾物屋》がはいりこんで、生き返ったようになっているのか?
それとも生きている猫を乗っ取ったのか?
そういえば《坊ちゃま》は、死にそうな黒猫にはいりこんだのではないかと言っていた。
いやいや、ともかくいまは生きているのだから、どれにしてもきっと、『寿命』はあるだろう。
だとすれば、その《黒猫》の寿命がほんとに尽きたとき、《カンジュウロウ》は、また、セイベイより先に死ぬこともあるかもしれない。
・・・ってことは、
・・・セイベイは、カンジュウロウを二回も見送ることになる・・・
手枕で寝ころんで、行燈のあかりの中に年寄の小さくなった背を思い起こしていたら、ヒコさんいるかい?と戸が叩かれた。




