おぼえてるかい?
七、
さてと、どうしたもんか。
きょうは一条のぼっちゃまのところをたずねたが、坊ちゃまは留守で、通いのオウメ婆さんしかいなかった。このばあさんもあの《黒猫》が普通と違う猫だと知っているが、詳しいことははなしていない。
それなのに、「トメヤさんに居ついとったあの黒猫は、もう化け猫でなくなったか」などときいてきた。
「・・・ばあさん、トメヤには黒猫が二匹いるし、ばあさんがみた黒猫も、『ネコマタ』じゃアねえんだよ。ありゃ・・・まあ、たしかに『化けて』はいるが・・・」
どうこたえたものか迷いながらヒコイチがだした言葉に、ばあさんは鼻をならし、「しゃべればどれも化け猫よ」と、白くない葛餅に甘いきな粉を山盛りにして出してくれた。
この婆さんが、ダイキチのところにきたキジトラの猫をみたならば、きっとしゃべるところをみなくとも、化け猫だとみぬくだろう。
いや、ともかくいまは、しゃべらなくとも、まだあの黒猫は婆さんのいう『化け猫』で、中身はしっかり、カンジュウロウのままだ。しゃべらないということ以外は変わっていない。だが、それであの黒猫は、《ただの黒猫》になったことになるのか?
そうか。西堀の隠居も言ったが、前の『しゃべる猫』を『おかしい』と考えるのなら、今の状況が『ふつう』であるはずだ。
・・・あれはあれで、いいような・・・。
きのうのセイベイは寂しい様子ではあったが、しゃべらなくともいい、と、本当にそう思っているようだった。幼馴染だからこそ、そう思うのだろう。
でも、・・・おれは?
よく考えれば、ヒコイチはカンジュウロウのことを知らないも同じだった。
それは、あの《元締め》と一緒で、ここまでどうやって生きてきたのかをこまかに聞き出してよい相手には、ヒコイチには思えなかったからだ。
たしかに、名のしれた乾物屋のまともな隠居ではあったのだが、セイベイとちがい、世間の裏のことまで知っていて、ひどく冷めたことを言ったりした。かと思うと、若いころの女遊びの自慢をきかせてこちらをうんざりさせたり、商売について先を読んで、ヒコイチを驚かせたりもした。
カンジュウロウとセイベイが商いを通してではなく、幼馴染だと知ったのは、二人と知り合ってだいぶたってからのことだ。
その、幼馴染のセイベイでさえも、カンジュウロウの肝心なところは、しらないままだった。
「『幼馴染』といっても、ほんの五、六歳のころに、お稲荷さんの境内で名もしらないまま遊んだくらいで、あとはずっと顔を合わすこともなく、あたしがこの店の跡取りとして、町内の店主たちと初顔合わせをするときの集まりで、また会ったんだよ」
おう。おれのこと覚えてるかい?
だれだかまったくわからないと答えたセイベイの肩を何度もたたき、稲荷神社で仲良くまんじゅうを分けたじゃねえか、とがさついた声で笑った。
ああ。たしかにお稲荷さんのおそなえもののまんじゅうを、『こりゃさっきばあさんが持ってきたんだ』ととりあげて、さっさと割ってくれた子がいたっけ。




