このままで
「 ―― ただの猫みたいに、セイイチになでられてるときは満足そうだったよ。店の者にもかわいがられてるしね。 まあ、あたしは正体を知ってるもんだから、頭をなでようとも思わなかったがねぇ」
黒猫はうまいこと店になじんだ。ことに女たちに甘えるのがうまく、人の言葉がわかるように鳴きこたえると噂が立ち、お客にも受けが良かった。
夜がふけてから、または若旦那が商用でみなと出ているときなどは、この離れにきては、どこそこの商家の誰がどこに金をかくしてるとか、どこのおかみさんがだれと茶屋にいた、だの、どうでもいい話をえんえんとセイベイにきかせる。
「 ―― おまえのことも言ってたよ」
「 どうせろくでもねえ話だろう? だいたいこっちはよ、乾物屋にいいようにつかわれたこともあるぐらいだぜ」
前の夏に、この黒猫の思惑にはまり、瓶のたくさん置かれた屋敷に足をむけることになった。
ヒコイチが腹をたてた声をたのしむように、むこうでまるまっていた猫がもどってきてセイベイの膝上におさまると、ヒコイチの顔をみあげてきた。
「 まあねえ、つかわれるのはしかたないさ。カンジュウロウもよく言ってるよ。猫になって生き返ってはみたが、これじゃあ、ひとりで何もできやしないってね」
『撫でようとも』おもわないはずのセイベイは、膝の上の猫の頭をなでる。
「 とりあえずは、うちの店ではおとなしくしてて、セイイチがいるときは、めったにしゃべらないんだが、・・・あれは、キョウタがうちにくる、少し前だったかな・・・。 えらくあわててとびこんできたことがあってね。ここの床の間の壁をひっかきながら、『この奥に金をかくす部屋とかねえのか』なんて騒いでね ―― 」
どうしたのか問えば、はたと気づいたように『なんでもねえさ』と顔をあらうようなしぐさでごまかした。だが、背中からしっぽまでの毛はさかだったままで、『どっか、せまくってくらくって、ちょいと隠れていられるとこがねえか』などと聞く。身を隠したいのかとわらってきけば、『そういうわけじゃあねえが』と腰をぬかしたようにすわりこんだ。
これはどこかで悪ガキにでも追いかけられたのだろうとおもい、しばらくおとなしくしていろと言ってやれば、黒猫は、『なんでえ、このおれにずっとそばにいてほしいって?そんなこと、てめえみたいなじじいにいわれたってなあ』と、いつもの調子をとりもどし、われガネのような汚い声で笑った。
「 ―― 次の日はずっと家の中にいたんだが、その次の日にはもうどこかへ出ていて、いつものように夜ここで、どこだかの娘さんの着物と帯に文句を言ってて、そのあと三日ほどはこっちに寄らず、セイイチのそばにいるのは見たんだ。だが、あたしの顔をみて鳴き声をあげてはいたが、そこからもうしゃべらなくなってたのかどうかは、わからない」言って、膝にいる猫の顔をのぞきこんだ。
「 おい、乾物屋、どうなんだよ?」
ヒコイチも猫に顔をよせてきく。
が、猫は二人顔をみただけで、鳴き声もださない。その代りのように、長い尾でヒコイチの顔を叩いた。
「・・・こっちの言葉はわかってるみたいだぜ。 いいじゃねえか。くだらねえ洒落をきかされなくてすむし、静かだし、このままでもよお」
猫をにらみながら言えば、相手はここでかわいらしくミャウと鳴き、セイベイの膝からおりてまたむこうで丸くなった。
「 ―― そうかもしれないねえ・・・」
うなずいた年寄りにおどろいて、ヒコイチはセイベイの顔をみた。
「 ・・・あたしは、カンジュロウが猫になってもどってきて、まえとおなじようにしゃべるのを、それほどおかしいこととは思っちゃいなかったんだが、・・・良くないおもいこみだったかねぇ。 ―― だってあいつは、とっくに墓にはいってるんだから」
猫をみながらではなく、庭をながめつぶやくセイベイの姿が、ひどく小さくなったような気がして、ヒコイチも庭をながめるふりをした。




