ことわらねエが
ヒコイチが座っている石段からは、人の多いこの通りが良く見渡せる。
先ほどの女中頭がむかった先には、女が働く料亭もある川がとおるにぎやかなまち。逆は、いくつもの大店の並ぶ商いの町だ。
またからだをひねり、寺の門をみあげて肩をまわしたとき、すうっと、風ではないような冷たい物で首の後ろをなでられた感覚がして、ヒコイチはあわてて後ろ首をおさえて振り返る。石段の上に寺の門がひらいたままあるだけだ。
そのむこうにあるだろう寺は、とてもここからうかがい知ることはできない。
それにしても、こんなところにこんな古びた石段と、それにつづく門をかまえた寺などあっただろうか?
よくみれば、ヒコイチの腰かける石段から立派な石垣が両側へとながくのび、寺をのせたこの山をぐるりと囲んでいるようだ。
たちあがって首をのばして見た門の奥には、まださらに急な石段が続き、おわりにもうひとつ門があるようだった。
このところ、このような寺まわりをずっとしているのだ。
このひどく重い『ありがたい石』を担いで。
「なあにが『ありがたい石』だってんだ」
荷籠の中、藁と布で包まれたそれをにらむ。いままでだって、重い物を売り歩いたことはあるし、たまさか、売れ残ってしまうときもある。だがそれは、自分の商売の技量と思って納得もいくが、こんどの商売ばかりは、眉を寄せてしまう。
なにしろはじめて、あの《元締め》から、売り方と売り先を『指示』されての商売だ。
『 なあヒコさんよ、こんどのはちょいと、わけありでな 』
そんなふうに切りだされ、いつもとはちがう売り方をしてくれ、といわれたのだ。
初めて商売をまかされた時だって、どうすればいいかなんてひとことも教えてくれず、『すきなようにやれ』としかいわなかった《元締め》が。
『 売り先は、寺ってことだけだ。まあ、かたっぱしからまわってみてだな、《ありがたき石をおさめに参りました》っていやあ、いい 』
それだけだよ、と《元締め》は笑ったが、ヒコイチは笑えなかった。
だって、それではまるで・・・。
『 ―― おれもな、どこの寺がおさめ先なのか、知らねえんだよ。でも、そうさな。かたっぱしから寺をまわってきゃあ、・・そのうち《当たる》さ 』
つまりは、ほんらいならおさめるはずの寺が、《先にわかっている》のがこのての商売の手順のはずだが、これは、おさめ先がわからないので、《当たる》まで、寺をまわらないといけないということだ。
『 まあ、ヒコさんなら、安心して任せられるわなあ 』
うまそうに煙管をすいつける《元締め》はうなずき、むこうに鎮座する石をさけるように煙を横に吐いた。
布がかけられた『ありがたい石』の大きさは、あぐらをかく《元締め》の肩ほどまでの高さで、幅はさすがに《元締め》よりはせまかったが、それでもその大きさはかなりのものだった。てっきり、箱に入れられたせいでそんなに大きさになっているのかと思ったのに、布がそっとはずされてあらわれたのは、そのままの大きさの石だった。
ヒコイチののどからおかしな音がでて、《元締め》はそれをうけあった合図と思ったらしい。
大事そうに籠にうつされた石をそのまま渡されてしまった。
まあ、断る気はなかったが・・・・。




