新参のキョウタ
「番頭の見習いだよ。と言っても、前に同じような商家の手代をしていたらしくてね。口利きで来たんであたしは嫌だったんだが、セイイチも番頭も気に入ったらしく、すぐに見習いにはいった。まあ、悪い人間ではなさそうだが、やっぱりあたしは嫌だね」
「じいさんに気に入られなくたって、セイイチさんが気にいりゃいいんだ」
店の正面から入ることもしばらくなかったので、店の新参者のことなど、まったく知らなかった。
それにしても。
「どこが、『嫌』だってんだよ」
セイベイは頑固で愛想のない年寄だが、陰口を人にきかせるような性格ではない。この年寄がそんなことを口にするからには、それなりのわけがあるはずだ。
「みてりゃわかる」
そのとき、セイイチが帳面に身をのりだし、壁と背のあいだにうごく黒いものが見えた。
ああ、いるじゃねえか・・・。
さがしていた黒猫をみとめたとき、おもわず肩から力がぬけた。
黒猫はもぞもぞとセイイチの背中と壁のあいだに頭をつっこみ、もぐりこもうとしている。
それをひょいとつかみあげたセイイチが、膝の上へと猫をうつす。むかいあった店の男二人にみられた猫は、一瞬かたまったあとに身をひねって、また、セイイチの背中へとはしりこんだ。
「なんだい、オオクロ、まだキョウタに慣れないのかい?」
おかしそうにセイイチが背中にある黒いかたまりをなでる。
大番頭が、若旦那が猫に問いかけたのにうなずいて、「わたしだってまだ、ときどきびっくりするからねえ」とわらう。隣の若者が身体をまげ、「こまったなあ、どうすればいいんでしょう」と猫にうかがうように話しかけた。
「っ!?」
ヒコイチの耳が、ほんのすこしジン、とした。あわてて首をさするが、寒気はしない。
気のせいか?
そこで、セイイチがこちらに気づき、むかいの男二人も振り返る。
「おお、これはヒコイチさん、ようやく大旦那様のところに来てくださいましたな」
久しぶりに会う大番頭が腰をあげ、セイイチが「そうか。ヒコイチさんはまだキョウタを知らないか」と大番頭の横で手をついて頭をさげている若者に、挨拶をするよう促す。
「 おはつにおめにかかります。トメヤに新しくお世話になっております、キョウタともうします 」おみしりおきを、とあげられたその顔からしばらく目がはなせなかった。
「どうだい、ヒコ。嫌だろう?キョウタのこの顔ときたら、いまどきの役者なんてひどくてみていられないさ。まあ、おかげで女のお客が増えたがねえ」
セイベイの言葉に困ったよう眉をよせた男の顔は、これまでみたどんな顔よりも美しく、それでいて、嫌味なところがどこにもなかった。
女のようでいてけっして女ではない。眉は彫ったようにくっきりとしているのに穏やかで丸みがあり、鼻は細く通って高く、目はきりりと涼しげなのにやさしい。形の完璧なくちは、優しく微笑むことしかしなさそうで、肌ときたらつくりもののようにつるりとしていて、髭のあともみあたらない。
「 お、 ・・おれは、流しの商売人で、ヒコイチともうしやす」
どうにかだした言葉がつかえる。
こちらをみあげるキョウタのかたちのいい口が、ほんのすこしわらったように感じた。
「おうわさは耳にしております。なんでも、一級品しかあつかわないとか」
いやとんでもねえ、と打ち消して助けを求めるように隣の年寄をみる。
「セイイチ、オオクロの新しい首輪ができたんで、つけてやろうと思ってるんだ」
「ああ、そりゃうれしい。サネにあとで団子でも買って来よう」サネが前に作ってくれた首輪を、どこかでなくしてしまったのだと、セイイチは番頭たちに説明して、背中にいる黒い塊を両手ですくいあげて父親にわたした。
みゃあう
黒猫がヒコイチの顔をみて鳴いた。




