姿をみせない
ところが、その黒い猫が、ちかごろここに姿をみせない。
「・・・なんだってんだ・・」いったいどうしたってんだよ、という言葉は飲み込む。
まるで姿をあらわしてほしいように聞こえたら、それを耳にした《乾物屋》にずっとからかわれそうだ。
冷えた薄い布団に横になり、行灯のあかりを眺めた。蝋燭をくれた《坊ちゃま》のところには『ランプ』という行灯があり、このあかりよりずっとまぶしい。ヒコイチには、このくらいのあかりでじゅうぶんだった。
そういえば、ぼっちゃまに、あの『黒い猫』のことをはなしたとき、『猫が成仏するまで』見届けるように言い渡されたのを思い出す。そうだ。そうしたら、それまでの話しを『買い上げる』から、と・・・。
まてよ。 あの猫は・・・、 死ぬのか?
死んだ《乾物屋》が、どこかの黒猫に入り込んだのだろうというのはわかる。だがその黒猫は、死んでいたから入り込めたのか?それともまさか、生きていたのに無理に入り込んだのか?猫に憑りついた?いや、・・・はじめてあの黒猫をみたときにはまだ、・・・《乾物屋》は黒猫にはいりきっていなくって・・・
―― まさか、
しばらくかおをみせないあの《黒猫》は、もう、どこかで『成仏』してるのか
とたんに、なんとも落ち着かない気分になる。
どこかの藪の中で、黒猫が《ひとり》で倒れている様子が浮かんだせいだ。
『 なんで、乾物屋の大旦那さんは、《黒猫》になったんでしょうねえ 』
『黒い猫』の、信じられないはなしをきいた坊ちゃんが首をひねるようにつぶやき、しらねえや。とこたえたヒコイチに、「たしか猫って寿命を悟って、最後は飼い主のところから消えるっていいますよね。そういう猫にカンジュウロウさんは《はいった》のかな・・・」などとひとりぶつぶつ考え込んでいた。
最後は消える・・・・。
坊ちゃまにきかされた余計なことばのせいで、ここしばらくこんなふうにいろいろ考えては、寝付けない夜をすごしている。
ところがきょうは、あの『石』をようやく片付けられたおかげか、それともおかしな住職とかかわったせいか、体も頭もひどく疲れていた。
きょうも姿をみせない黒猫は気になるが、もう目をあけているのもおっくうだ。
どうにかのばした手で行灯のろうそくの火をつまんで消すと、それと同時になにもかもが黒く静かに消え、夢もみない眠りにおちた。




