↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
氷姫のサングストゥム  作者: フルツ好き男


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/5

1-4. 適任者

「補充の兵が来たぞ!」


 その一言で、酒場がにわかに騒がしくなった。レオンたちが徴用して以来、白霜《フリーギア》の仮宿舎として使っている店だ。


「やっとか。待たせすぎだろ」

「まさか行軍中に減ってたりしねぇだろうな……」

「例の潜入役が務まりそうな奴がいりゃいいんだが」

 

 口々に飛び交う声を聞きながら、レオンは宿舎を出た。

 

 ベルガ南門には、三台の荷馬車が止まっていた。その前に、二十人の兵士たちが整列している。

 

 若い。ほとんどが二十歳前後だろう。

 鎧と盾だけは使い回しなのか、それなりに傷が刻まれている。だが装備とは対照的に、当人たちの顔は妙に青臭い。

 どこまで使い物になるかは、正直怪しいところだ。

 

 その姿に、ふと一人の青年が重なる。スカルヘイム高原で散った三男坊。彼は戦いの前日に配属され、翌日には喉に矢を生やして死んだ。

 

「…………」


 レオンは無意識に隊列から目を逸らす。


「あ、あの!」

「……ん?」


 一人が列から飛び出してきた。

 女だった。十八、十九といったところか。肩口で切り揃えた金髪。随分と小柄だが身体は無駄なく引き締まっている。華奢というより、身軽そうな体つきだった。

 

「レ、レオン・ヴァルカさんですよね!?」

「……そう言うお前は誰なんだよ」

「はい! マノン・フェルティスです! 本日付で白霜《フリーギア》に配属されました!」

「それは見りゃ分かる。てか声がでけぇ」

「すみません!」


 嫌味を吐いたつもりなのに、返ってきたのは屈託のない笑顔だった。レオンは思わず頭を掻く。


「で。何で俺の名前知ってんだ」

「出立前に噂で聞きました! 一年もプラエトルをやってる古参なのに、まだ現役なんだって」

「…………」

「本当に凄いです! 私、色々教えていただきたくて!」

「……お前、マノンって言ったな」

「はい!」

「なら、早速一つ教えてやる」


 レオンは一つ息を吐いた。


「ここで一年生きてる奴を見て、すげぇなんて言うな」

「え?」

「長生きしてる奴ほど、大勢の仲間が死ぬのを見てきたってだけだ。褒められることじゃねぇんだよ」

「……あ、えっと……」


 マノンの笑顔が、さっと曇った。

 少し言い過ぎたか。そう思ったが、撤回する気はさらさらなかった。それに、どうせ五日後には嫌でも思い知らされる。


「それと」


 レオンは彼女の盾を指差した。


「それ、ちょっと構えてみろ」

「えっ……あ、はい!」


 マノンが盾を身体の正面へ構える。真正面。教本通りと言わんばかりの、馬鹿正直な構えだった。


「……やっぱりな。お前、攻撃を全部まともに受けるつもりだろ」

「え? で、でも訓練所では、盾面を相手に向けろと……」

「それで十発も受けてみろ。腕が上がらなくなるぞ」

「じゃ、じゃあどうすれば……」

「受けるんじゃねぇ、流すんだよ。貸してみろ」

 

 おずおずと差し出された盾を受け取る。革帯を締め直し、腕を通して見せた。


「俺たちは一発ずつ綺麗に防いで、一対一で斬り合うような兵じゃねぇ。前から剣、横から槍、上から矢だ。全部まともに受けてたら身体がもたねぇ」


 盾面を僅かに傾ける。


「真正面で受け止めるな。角度をつけて逸らせ。腕だけで止めようとせず、肩と身体も使って捌く」

「な、なるほど……」

「あと、盾の上から頭を出すな。矢が来たら真っ先に死ぬぞ」

「でも、それじゃ前が……」

「見えなくていい。足音と気配で探れ。慣れりゃ大体の位置は分かる」


 マノンの目が、きらきらと輝き出す。


「す、すごい……! これが実戦の戦い方なんですね……!」

「だから声がでけぇんだって……」

「す、すみません!」


 声は変わらず大きい。レオンはつい堪えきれず、ふっと吹き出した。


「お前、なんかちょっと面白いな」

「あ、それはよく言われます! 何ででしょう?」

「ははっ、自覚なしかよ」


 レオンは盾を返してやる。


「……悪いな。名前は聞き流しちまった」

「えっ」

「次の一戦を生き抜いたら覚えてやるよ」


 一瞬きょとんとした後、マノンの顔がぱっと明るくなる。


「お、おおお……! こ、光栄です、レオン先輩!」

「先輩はやめろ。俺はただの一兵卒だ」


「…………」


 少し離れた場所で、アルティシアはその様子をじっと見ていた。


「……姫様?」


 傍らに立つイレーネが声を掛ける。


「何?」

「あ、いえ」


 イレーネは手元へ目を落とした。彼女が持っている書類。その端に、うっすらと白霜が降りている。


「……ご進言をお許しください。もしご気分が優れぬのであれば、どうかご休息を。補充兵の審査など、姫様のお手を煩わせるほどのことではございません。私が責任をもって執り行います」

「別に、問題ない。私も同席するわ」

「……左様ですか」


 イレーネは補充兵の隊列へ向き直ると、声を張った。

 

「フェルティス! マノン・フェルティス!」

「え。あ、はい!」


 マノンが振り返る。


「こちらへ来い」

「えっ? わ、私ですか? ど、どうして——」

「私は、こちらへ、来い、と言ったんだが?」

「は、はいぃ!」


 口元を手で隠すと、レオンにだけ聞こえるように囁いた。


「……じゃあレオン先輩。また後でお願いしますね」

「おう」


 こっそりと手を振り、アルティシアとイレーネの元へと駆けてゆく。

 

 ——ヒュオ。

「……?」


 不意に、冷たい風が頬を撫でた。レオンは思わず振り返る。

 だがそこにあるのは、いつもと変わらぬベルガの街並みだけだ。


「……そうか。もう秋か」


 気にも留めず、踵を返しかける。

 そのとき、レオンの目が卓上の兵籍書に留まった。一番上に置かれた一枚。

 その名の横には、赤墨で一言書き加えられている。


『マノン・フェルティス——潜入役、最有力候補』


「……あ?」

 

 その一文を理解した瞬間、レオンは勢いよく顔を上げた。マノンは何も知らない様子で、イレーネの前に立っている。


 ——こいつが?

 

「マノン・フェルティスだな。遠路はるばる死地までの行軍、ご苦労だった」

「は、はい! 光栄であります、セヴェリス兵長!」

「貴様、山岳地方の出身らしいな。父親は山羊猟師。十の頃から父に連れられて山へ入り、弓による狩猟、獣の追跡、登攀を日常的にこなしていた、と」

「はっ! そ、その通りであります!」


 イレーネは書類から目を上げ、マノンを頭から爪先まで眺めた。

 

「なるほど。想像以上に小柄だな。肩幅も狭い。排水路を通すには好都合だ」

「はっ! ……えっ? は、排水路、ですか?」

「お、おいおい」

 

 レオンが割って入った。


「ちょっと待てよ兵長」

「何だヴァルカ。貴様、昨日から少し鬱陶しいぞ」

「例の話、こいつを行かせる気か?」

「ああ。現時点では最有力候補だ」

「……女だぞ」

「見れば分かるが」

「敵陣への潜入だぞ! しくじって捕虜にでもなったら、何されるか分かんねえだろうが!」


 イレーネの眉が、ぴくりと動く。

 

「……随分妙なことを言うな、貴様」

「な、何がだよ」

「陵辱の危険なら、戦場に立つ全ての女が背負っている。無論、この私もな」


 そこでイレーネは、ふと意地の悪い笑みを浮かべた。


「だが妙だなぁ、優男。私は一度たりとも貴様に身を案じてもらった覚えがない。それとも何か? 貴様は、私なら敵の慰み者になっても構わぬとでも言うのか?」

「いや、兵長をどうこうできる奴なんざいねぇだろ」

「そういう話をしているのではない」


 ぴしゃりと遮られた。


「そもそも、男なら捕虜になって構わんのか? 拷問され、情報を吐かされ、用済みになれば首を刎ねられる。それなら貴様は納得できるのか?」

「…………」

「性別は任務から外す理由にならん。必要なのは適性だけだ。そして現状、それが最も高いのがこのマノン・フェルティス。それ以上でも以下でもない。まだ質問はあるか?」

「……適性と実戦は違うだろ」

「無論だ。だから今から実践査定を行う。ただでさえ時間がないのに、無駄な問答に付き合わせるな」

「…………」


 正論だった。レオンは舌打ちし、それ以上の言葉を呑み込む。

 ふと、マノンを見る。当の本人は二人の言い争いを前に、おろおろと視線を往復させていた。


「あ、あの……私、何をすればいいんでしょうか?」


 イレーネが書類を閉じる。


「まずは登攀《とうはん》だ、フェルティス」

「と、トウハン……ですか?」

「そうだ。貴様がどれほど山羊じみているのか、見せてもらおうじゃないか」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。