第九話「関所跡」
日が高くなった頃、草原の先に低い壁が見えた。
石と木を組み合わせた、古い関所だった。
石の基礎だけは残っている。上にあった木の柵は半分ほど朽ち、門だった場所には、錆びた横木の金具だけがぶら下がっていた。風が吹くたび、金具が小さく鳴る。
ぎ、とも、き、ともつかない音だった。
「あれ?」
リィズが言った。
「はい。関所跡です」
近づくにつれて、形が見えてきた。
左右に低い壁。
中央に門の跡。
奥に小さな建物。
建物の屋根は落ちていた。壁は残っているが、窓はなく、木枠だけが黒く残っている。入口の横には、色の抜けた古い旗が絡んでいた。
紫ではなかった。
赤でも、青でもない。
ただ、色を失った布だった。
「ここ、ずっと前から使われてないんだね」
「はい。関所としては、かなり前に役目を終えています」
リィズは門の向こうを見た。
草が高い。
でも、完全に閉じているわけではなかった。草の中に、かすかに踏み分けられた線が残っている。
「でも、誰かは通ってた」
「はい」
「採集の人とか、冒険者とか?」
「ランゼの女将が言っていた通りなら」
風が吹いた。
高い草が揺れる。
その奥で、道だったものが一瞬だけ見えた。
「完全に閉ざされた場所ではなかったのでしょう」
「じゃあ、最近おかしくなったのは、この先なんだ」
「おそらく」
リィズは門の跡を見上げた。
錆びた金具が、また小さく鳴った。
「昔から怖かった場所じゃなくて」
「はい」
メルティナは北を見た。
「最近まで、まだ人が戻って来られる場所だったのだと思います」
リィズは黙った。
戻って来られる場所。
その言葉が、少しだけ引っかかった。
戻って来られなくなったら、道は何になるのだろう。
「あの建物、見る?」
「少しだけ。長くは留まりません」
「うん」
詰所の中は、空だった。
床には乾いた葉が溜まっていた。壁際には、壊れた机の天板が斜めに倒れている。棚があった跡もある。何かを置いていた場所だけ、壁の色が少し違っていた。
リィズは奥まで入らなかった。
入口のところで止まった。
中の空気が、少し重かったからだ。
「何もないね」
「何もないように見えます」
「怖い言い方」
「実際、何もない場所の方が怖いことがあります」
メルティナは壁を見た。
木枠の横に、細い傷があった。
一本。
二本。
三本。
誰かが刃物で刻んだような跡だった。
その下に、小さな文字がある。
削れていて、ほとんど読めない。
「読める?」
リィズが聞いた。
「一部だけなら」
「何て?」
「……戻れ、と」
リィズは息を止めた。
風が建物の外を通った。
入口の布が揺れる。
「戻れ」
「はい」
「誰に?」
「北へ行く人に、でしょう」
「ここにいた人が書いたのかな」
「可能性はあります」
「それでも、誰かは行ったんだね」
メルティナは答えなかった。
外へ出ると、空は明るかった。
明るいのに、関所の向こうだけ少し色が薄く見えた。




