第二十二話「黒い石」
クナト村の道は、すぐに細くなった。
村の煙は、振り返るたびに低くなっていく。屋根の上でほどけていた灰色は、山の木々に隠れ、やがて見えなくなった。
メルティナは歩いていた。
けれど、歩いているというより、倒れないように進んでいるだけだった。
リィズは、その歩幅に合わせた。
いつもなら、メルティナが先に歩いた。道の悪い場所を見つけ、枝を払い、リィズの服が引っかからないように手を出した。
今は、リィズが先に足元を見る。
石。
木の根。
濡れた土。
細い水の跡。
ミナクが言っていた黒い石は、すぐに見つかった。
山道の端に、濡れたような色の石がいくつも埋まっている。朝の光を受けても乾いた感じがしない。踏めば、足の裏を横へ逃がしそうな石だった。
「メルティナ、そこ踏まないで」
リィズが言うと、メルティナは小さく頷いた。
「はい」
声はまだ弱い。
それでも、返事がある。
リィズはそのことを、何度も確かめたくなった。
少し進んだところで、メルティナの足が止まった。
「休む?」
「……いえ」
「休む」
リィズは短く言った。
メルティナは困ったように目を伏せたが、逆らわなかった。
倒れた木の根元に腰を下ろす。
リィズはハシュカにもらった布袋を開けた。青い紐。赤い紐。黒い紐。間違えないように、指で触れて確かめる。
「熱は?」
「少しだけです」
「少しは信用しない」
メルティナは黙った。
リィズは額に手を当てた。少し熱い。
怖いほどではない。
でも、忘れていい熱でもなかった。
その時、上の道で枝が鳴った。
リィズは顔を上げた。
白い布が、木の間に見えた。
人影だった。
遠い。
けれど、村人ではない。
あの白さは、山の色ではなかった。
メルティナの手が、腰のあたりへ動きかけた。
そこにダガーはない。
布に包まれて、荷物の中にある。
リィズは、その手を押さえた。
「だめ」
「ですが」
「だめ」
リィズは、メルティナを木の陰へ寄せた。
紫の光は出さなかった。
撃てば早い。
壊せば楽になる。
けれど、その光は目立つ。音も残る。メルティナの身体にも、山にも、余計なものを呼ぶ。
白い人影は、上の道をゆっくり進んでいった。
ひとりではなかった。
もうひとつ。
少し遅れて、同じ白が木々の隙間を通った。
リィズは息を殺した。
メルティナの呼吸が浅くなる。
リィズはその背を支えた。
「吸って」
小さく言う。
「ゆっくり」
メルティナは、言われた通りに息を吸った。
白い影が遠ざかる。
枝の音が消える。
それでも、リィズはすぐには動かなかった。
ハシュカなら、まだ待つと言う気がした。
ミナクなら、黒い石を踏まない方がいいと言う気がした。
メルティナなら、きっと先に危険を見つけた。
だから今は、リィズが見る。
しばらくして、山の音が戻った。
鳥の声。
遠くの水。
木の葉が触れ合う音。
リィズはようやく息を吐いた。
「行こう」
メルティナは頷いた。
「はい、リィズ様」
リィズはメルティナを支え直した。
急がない。
でも、止まらない。
黒い石を避けながら、二人は山道を下りていった。




