第十話 拠点攻略
小屋の中に、誰かが捕まっているかもしれない。
そう考えたノクターシアは、まず拠点の外周にいるゴブリンから片づけることにした。
柵を作っているゴブリンの近くを、見張りが通り過ぎていく。
その瞬間、背後から腕を回して口を塞ぎ、剣を背中から胸へと突き通した。
「カッ……」
ゴブリンが血を吐くより早く、その身体を支えたまま森の中へ引き込む。
そして、音もなく姿を消した。
次は、先ほど通り過ぎた見張り。
辺りを警戒しながら歩くゴブリンの耳に、近くの茂みから微かな物音が届いた。
見張りは武器を構え、ゆっくりと茂みに近づいていく。
そして、武器で草をかき分けた瞬間。
隣の茂みに潜んでいたノクターシアが飛び出し、無防備な首筋に剣を突き立てた。
そのまま身体を茂みへ押し込み、次の標的へと向かう。
反対側の見張りの近くには、木箱を開けようとしているゴブリンが二体いた。
だから、より慎重に。
二体は木箱を開けようと、ガンガンと叩いている。
その近くで、武器を使って茂みを払いながら歩く見張り。
苛立ったゴブリンの一体が棍棒を振り上げ、木箱を強く叩いた。
ひときわ大きな音が響く。
その音に合わせ、ノクターシアは見張りの背後へ一気に近づいた。
足をつかんで引き倒すと同時に、先ほど手に入れた小さなナイフを背中から心臓目掛けて突き立てる。
物音はほとんど立たなかった。
木箱のそばにいる二体も、気づいた様子はない。
だが。
「……ぎゃ?」
一体が何かおかしいことに気づいた。
辺りを見渡し、いなくなった仲間を探し始める。
見張りも、柵を作っていたゴブリンも消えている。
もう一体の肩を叩き、何かを話すと、二体は手分けして周囲を調べ始めた。
一体はノクターシアの潜む茂みへ。
もう一体は、柵を作っていたゴブリンがいた場所へと向かう。
近づいてくる一体を、静かに待つ。
そして、その身体が茂みに入ろうとした瞬間。
茂みの中から突き出された短槍が、ゴブリンの口を貫いた。
ノクターシアは力なく垂れ下がった身体を、そのまま茂みの奥へ引き込む。
残るのは三体。
木箱のそばに一体と、小屋の前に二体。
ノクターシアは、先に小屋の見張りを片づけることにした。
茂みを伝って小屋の裏手へ回る。
ここまで近づくと、小屋の中から声が聞こえた。
「──ぅ……水……水を……」
「──誰……か」
か細いが、確かに人の声だった。
剣を握る手とは反対の手に、もう一本の短槍を持つ。
そして、二体のうち一体が気を抜いた隙に、もう一体へ向けて短槍を投げつけた。
突如現れたノクターシアに驚いたときには、もう遅い。
短槍が顔面に深々と突き刺さり、ゴブリンは後ろへ倒れた。
仲間に目を奪われた残りの見張りも、背後から剣で刺し貫く。
ここまでやれば、さすがに気づかれる。
木箱の方に残っていた一体が、怒ったように武器を振り上げて走ってきた。
ノクターシアは腰から小さなナイフを引き抜くと、その眉間目掛けて投げつけた。
「グギャ!」
ゴブリンの顔が跳ね上がり、仰向けに倒れた。
それでも、すぐには気を抜かない。
剣を構えたまま、静かに辺りへ目を走らせる。
少なくとも、見える範囲に残党はいない。
森の音も、いつもの静けさを取り戻している。
頭頂部の感覚器を動かしてみても、近くに怪しい気配は感じられなかった。
ひとまず安全だと判断し、見張りの遺体から鍵を拾い上げて小屋へ近づく。
扉の前に立つと、注意深く周囲を確かめた。
そして、扉の下に取り付けられた簡単な警報装置を見つける。
扉を勢いよく開けると紐が引かれ、小屋の横に取り付けられた骨の鳴り子が鳴る仕組みらしい。
鳴り子が音を立てないように仕掛けを壊し、地面に置いた。
改めて南京錠に鍵を差し込み、回す。
ガチャリ。
南京錠は簡単に開いた。
ゆっくりと扉を開き、中を覗き込む。
少し異臭の混じる小屋の中。
そこには、人間が二人いた。
手足を縛られ、床に転がされている。
小屋の中に危険がないことを確かめると、扉を開け放ち、二人へ近づいた。
二人は誰かが近づいてくると分かると、怯えたように小さく悲鳴を上げた。
ノクターシアは安心させるように二人のそばへしゃがみ、フードの縁を軽く摘んで顔を隠しながら、優しく声をかけた。
「怖がらないで……助けるから」
「助け……助かるのか……」
「うん。少し動かないで」
二人が頷くのを見てから、拘束を解いた。
二人がゆっくりと身体を起こすと、持ってきていた水袋を手渡す。
「飲んで。ゆっくりと」
「ありがとう……」
二人は言葉少なに礼を言い、少しずつ水を飲んだ。
その様子を見ながら、ノクターシアは尋ねた。
「えと……あそこにあるのは、あなた達の荷物?」
指差した先には、先ほどまでゴブリンたちが開けようとしていた木箱がある。
「あ……あぁ。俺たちは商人なんだ……本当はとっくに村に帰ってる予定だったんだがな」
「中身は?」
「え? あ……日用品とかだよ」
「食べるもの……ある?」
商人は何を聞きたいのか理解したらしく、短く答えた。
「ある。酒とかも……」
「じゃあ開けてもいい?」
「もちろん。好きなだけ持っていってくれ」
「……? そんなには持ってこない。少し待ってて」
木箱のところへ行き、中から食料と酒以外の飲み物を取り出した。
それを二人に手渡すと、二人は驚いた顔をした。
「……食べていいのか?」
「……? そのために渡した」
「食料が欲しいんじゃ……?」
「今はお腹空いてない。あっ……食べる時はゆっくり。口の中で柔らかくしてから飲み込んで」
そこまで言うと、何かを思い出したように、再び外へ出ていった。
今度は木箱の中から小回復薬を数本持って戻り、二人のそばに置く。
「怪我してるなら、教えて」
「……いや。大丈夫だよ。二人とも酷い怪我はしてない」
「そ……」
二人は気まずそうに顔を見合わせたあと、口を開いた。
「あの……なんで助けてくれたんですか?」
「なんで? ……冒険者だから助けるのは当たり前でしょ」
ノルトもそう言っていた。
冒険者は、仲間と困っている人を助けるのが仕事だって。
だから、その仕事をこなしただけに過ぎない。
二人は、まるで当然といった様子のノクターシアを見て、少し驚いた顔をした。
「あ……そうだ」
思い出したように懐に手をやると、エレーナから渡された、行方不明者の特徴と依頼者の名前が書かれた紙を取り出した。
「今、この人たちを探しているんだけど、知ってる?」
差し出された紙を二人はまじまじと見つめ、やがて依頼者の名前を見て驚いた顔をした。
「これ……多分俺たちのことだ」
「……え」
「今は服がボロボロになってしまってるし、分かりにくいかもしれないが……ここに書かれた名前は、俺の妻だ」
「じゃあ……これで終わりだね」
ノクターシアはそう答えると、ギルドへ戻るための準備を始めた。




