第五章 決意、そして侵入
王宮侵入の計画を練るにあたり、ドロテアの用意周到さは、リゼルの想像を超えていた。
「王宮の見取り図、警備の交代時刻、東翼への侵入経路――随分と詳しいのね」
「二百年前は、これでも一族の護衛頭でしたので」
屋敷の廃墟に戻ったリゼルとドロテアは、古びた机の上に、手書きの図面を広げていた。ドロテアが記憶だけを頼りに描き起こしたという王宮の見取り図は、驚くほど精緻だった。
「王宮の構造は、二百年経っても大きくは変わっていないはずです。東翼の賓客用の一角は、警備が手薄になる時間帯があります。深夜、衛兵の交代の合間――そこを突きます」
「第三王女には、いつ接触するの」
「侵入と同時に、というのは危険が大きすぎます。まずは『秘宝を継ぐ者』の様子を、こちらの目で確かめてから、判断すべきかと」
リゼルは頷きながら、ふと、気になっていたことを尋ねた。
「ドロテア。あなた、『護衛頭だった』って、さらっと言うけれど。二百年前は、どんな暮らしをしていたの」
ドロテアの手が、一瞬止まった。
「――今、話すべきことでしょうか」
「話したくないなら、無理にとは言わないけれど」
「いえ」
ドロテアは、図面から視線を上げ、リゼルをまっすぐに見た。
「いずれ、お話しせねばならないことです。ただ、今は――王宮での対峙が控えています。心を乱すには、あまり良い時ではないかと」
「分かったわ。それなら、全部終わってから、ちゃんと聞かせて」
「――承知いたしました」
ドロテアの声には、わずかな安堵と、それ以上に大きな覚悟のようなものが滲んでいた。リゼルには、その正体はまだ分からなかった。
準備を進める中、リゼルは、村に最後の挨拶に向かった。
「姉さま、どこか行っちゃうの?」
ミラが、不安げな顔で尋ねた。
「少しの間、王都に行くだけよ。すぐに戻るわ」
「約束だよ。指切りしたばかりなのに、いなくなったりしないよね」
「しないわ。約束は、守る」
リゼルは、ミラの頭を優しく撫でた。この村での日々が、二百年間彷徨い続けたリゼルにとって、いつの間にか、かけがえのないものになっていた。
グレイス婆さんの元にも、リゼルは立ち寄った。
「王都に行くのかい」
「ええ。少し、確かめたいことがあって」
「気をつけてお行き。――ああ、そういえば」
グレイス婆さんが、何かを思い出したように、目を細めた。
「ミラのことだけれどね。あの子の両親、実は、この村の生まれじゃないんだよ」
「そうなの?」
「ミラの母親が、赤ん坊のミラを連れて、この村に流れ着いたのは、ミラが生まれてすぐの頃だった。詳しい事情は聞かなかったけどね、随分と、王都の方から急いで逃げてきたような、そんな様子だったのを覚えてる」
リゼルは、その言葉を、深くは考えなかった。この時点では、まだ。ただ、頭の片隅に、小さな引っ掛かりとして残った。
夜、王都へ向かう馬車の中、リゼルは窓の外を眺めていた。
「ドロテア」
「はい」
「私、二百年間、ずっと『終わらせること』ばかり考えていた。でも今は、少し違うの」
「どう違うのですか」
「終わらせる前に、確かめたいことが、たくさんできた。父の想い、弟の真実、この村の人たちのこと。……それに」
リゼルは、ドロテアの横顔を見つめた。
「あなたのことも」
「私、ですか」
「二百年、一緒にいたのに、私、あなたのことを何も知らなかった。それに気づけただけでも、この数日は、無駄じゃなかったと思う」
ドロテアは、しばし黙り込んだ後、静かに答えた。
「――お嬢様がそうおっしゃってくださるなら、この二百年に、確かな意味があったのだと、思えます」
馬車は、王都の灯りに向かって、夜道を進んでいった。
東翼の窓の奥、金色の瞳をした「弟」は、まだ、リゼルの接近に気づいていない。
そして、王宮の奥深くでは、第三王女もまた、静かにこの動きを察知し始めていた。




