第四章 王都からの噂
王都への道すがら、ドロテアが立ち寄ったのは、場末の酒場だった。
「こんな場所に、何の用?」
「情報を買いに参ります。お嬢様は、フードを深く被っていてください」
酒場の奥、薄暗い一角に、一人の男が座っていた。片眼鏡をかけ、やけに仕立ての良い服を着ているが、佇まいのどこか胡散臭さが拭えない。二百年の間に、リゼルもこの手の人種には慣れていた。
「これはこれは、ドロテア殿。随分とご無沙汰で」
「バルトロ。相変わらず、胡散臭い格好をしているのね」
「情報屋は、見た目で信用を測られては困りますからね。あえて胡散臭くしているのですよ、これでも」
バルトロと名乗る男は、意味ありげに笑った。
「して、本日は何をお求めで?」
「『アーヴァイン家の秘宝を継ぐ者』――その噂の出所を知りたい」
バルトロの片眼鏡が、わずかに光った。
「ほう。それはまた、随分と踏み込んだお尋ねですね」
「答える気があるかどうかだけ、聞かせて」
「もちろん、対価次第ですとも」
ドロテアが革袋を取り出し、テーブルに置いた。中身の金貨を確かめたバルトロは、満足げに頷いた。
「よろしい。――その噂、出所は王宮の中枢、それも宰相府に近い筋からのものです」
「宰相府」
「三ヶ月前、王宮の東翼に、突如として『アーヴァインの遠縁』を名乗る青年が召し抱えられました。国王陛下自らの勅命、ということになっていますが――実際には、宰相殿が裏で手を回して、その青年を王宮に引き入れた、という噂です」
「宰相が、なぜ」
「さあ、そこまでは。ただ一つ、確かなことがあります」
バルトロは、声を潜めた。
「二百年前のアーヴァイン家粛清――あれを直接指揮したのは、当時の宰相府の人間だった、という記録が、王宮の古い書庫に残っているそうです。もっとも、表向きは焼却処分されたことになっていますがね」
「今の宰相と、その二百年前の宰相府は――」
「血縁関係にある、というのが、私の見立てです。この国の宰相職は、代々特定の一族が世襲してきましたから」
リゼルは、フードの下で、拳を握りしめた。
「もう一つ、お伺いしても?」
ドロテアが続けた。
「その青年――『秘宝を継ぐ者』の、詳しい様子は?」
「銀髪に、緑の瞳。年の頃は二十歳前後。物腰は落ち着いていますが、時折――」
バルトロが、言葉を選ぶように間を置いた。
「時折、まるで別人のように、目の色が変わる、という証言があります。金色に、ね」
リゼルとドロテアは、思わず顔を見合わせた。
「それは、確かな情報?」
「侍女の一人が、偶然目撃したという話です。真偽のほどは保証できませんが、複数の筋から、似たような証言が上がっています」
バルトロは、革袋を懐にしまいながら、最後に付け加えた。
「もう一つ、サービスで教えて差し上げましょう。――王宮では今、その青年を巡って、派閥争いが起きています。宰相派は、彼を『王家の血を引く可能性がある人物』として担ぎ上げようとしている。一方で、第三王女殿下は、彼の素性に強い疑念を抱いているとの噂です」
「第三王女……?」
「ええ。彼女は、王宮内でも数少ない、宰相府の影響を受けていない人物です。もし王宮に入るおつもりなら、彼女に接触するのも、一つの手かもしれませんな」
酒場を出た後、リゼルは夜空を見上げた。王都の灯りが、遠くに霞んで見える。
「話が、思ったより大きくなってきたわね」
「ええ。単なる家族の因縁では、済まなくなってきました」
「宰相府、第三王女、金色の瞳……」
リゼルは、拳を開いた。二百年間、死に方ばかりを数えてきた手のひらに、今は、はっきりとした行き先が刻まれていた。
「決めたわ。まず、第三王女に接触する。宰相派に真正面からぶつかるより、味方になりうる相手を先に見極めたい」
「賢明なご判断かと」
「あら、意外。もっと『無謀です』って窘められると思ったのに」
「無謀と慎重の間くらいの判断だと、評価しております」
リゼルは、思わず笑った。二百年間、数えきれないほどの死を経験してきたその横顔に、今は、確かな生気が宿り始めていた。




