第二十五章 不死の令嬢が、最後に数えたもの
光に包まれながら、リゼルは、奇妙なほど穏やかだった。
痛みはない。二百二十一回、あれほど様々な痛みを味わってきたというのに、最後の瞬間には、何もなかった。ただ、体の輪郭が少しずつ、朝靄のように薄れていく感覚があるだけ。
(数えなくていいのね、これは)
そう思った瞬間、目の前に、光の中に立つ人影が見えた。
「――久しぶり、だね」
カイルだった。二百年前、リゼルが取り戻そうとした、婚約者の青年。記憶の中の姿のまま、少しも変わらず、あの頃と同じ笑い方でそこにいた。
「あなた、本物?」
「さあ。契約が終わる瞬間に見える最後の幻かもしれないし、本当に君を迎えに来たのかもしれない。どちらでもいいと思わない?」
「相変わらず、適当なことを言うのね」
「二百年経っても、君は変わらないな」
カイルはリゼルの隣に並び、光の向こうを一緒に見つめた。
「二百二十一回も死のうとして、やっと最後に選んだのが『自分のための死』だなんて、君らしいよ」
「遅すぎた?」
「ちょうど良かったと思うよ。焦って選んだ死には、多分、意味がなかった」
「――カイル。聞いてほしいことが、たくさんあるの」
「聞かせて」
「あなたが死んでから、私、二百年間、色んな人に出会った。ドロテアという、不器用だけど誰よりも誠実な執事。アルテアという、生きていた弟。レオンという、思わぬところで繋がっていた、あなたの遠縁。そして、クレアという、村で出会った、まだ幼い、もう一人の家族」
「――随分と、賑やかな二百年だったんだね」
「賑やかで、時々、すごく寂しくて。でも、無駄じゃなかった」
カイルは、優しく微笑んだ。
「無駄なんかじゃないよ。君が二百年、生きて、そうやって色んな人と繋がってきたことこそが、僕が守ろうとしたものの、本当の続きだったんだと思う」
「あなたが、守ろうとしたもの?」
「僕は、あの夜、君の家族を守りたかった。でも、守れなかった。ずっと、それが心残りだった」
カイルの声に、二百年越しの、静かな悔恨が滲んだ。
「でも今、君の話を聞いて、分かったよ。僕が守れなかったものを、君は、別の形で、ちゃんと繋いでくれていた。血の繋がりだけじゃない、新しい家族の形で」
「カイル……」
「だから、胸を張っていいよ、リゼル。君の二百年は、ちゃんと意味があった」
光がさらに強くなり、視界の全てが白く染まっていく。
その中でリゼルは、最後にもう一度だけ、数を数えた。
(一、二、三――)
数えていたのは、死に方ではなかった。二百年間、確かに生きてきた季節の数、出会った人々の数、感じた温もりの数。
(――ちゃんと、生きてた。数えるだけの、価値があった)
「カイル。最後に、一つだけ、聞いてもいい?」
「何?」
「この先、私は、どうなるの? 消えるの? それとも――」
カイルは、少し悪戯っぽく笑った。
「それは、僕にも分からないな。ただ、一つだけ確かなことがある」
「何?」
「君が繋いできた縁――ドロテアも、アルテアも、レオンも、クレアも。彼らの中に、君の存在は、ちゃんと残り続ける。それは、契約が消しさることのできない、本当の意味での『記憶』だと思うよ」
光が、静かに収束していく。
「ありがとう、カイル。最後に、あなたに会えて」
「こちらこそ。――じゃあね、リゼル。今度こそ、ゆっくり休んで」
光が、完全に収まった。




