第二十一章 全ての対価、全ての真実
紫色の光が、秘宝庫を満たしていく。ヴォルガンが、契約完成の儀式を、強引に進めようとしていた。
「――待って!」
リゼルは、遺物に手を触れたまま、必死に叫んだ。
「ミラがここにいなくても、方法があるはずよ! 契約は、血の繋がりに基づいているのなら――」
「甘い考えだ。血の繋がりだけで、儀式が完成するわけがない。本人の意志と、本人の口から発せられる名乗りが、必須条件だ」
「なら、離れていても、伝える方法が――」
その時、リゼルの脳裏に、遺物から新たな記憶の断片が流れ込んできた。それは、カストルが、契約の設計に、密かに仕込んでいた、最後の「良心」だった。
(――血の繋がりは、距離を超える。もし、当事者全員が、同じ瞬間に、心から真実を望むならば――)
「血の共鳴……!」
リゼルは、はっとした。
「ドロテア! 私とアルテアの声だけじゃ足りない。ミラ自身が、自分の意志で、名乗りを上げる必要がある!」
「しかし、ここにミラ嬢はいません」
「だから、伝えるの。今、この瞬間、ミラに真実を伝える方法が――」
リゼルは、遺物に、より深く意識を集中させた。それは、賭けだった。二百年前、カストルが遺した、わずかな良心に懸けた、最後の賭け。
「ミラ! 聞こえるなら、答えて! あなたは、アーヴァインの血を引く、大切な家族の一人よ!」
その叫びが、遺物を通じて、血の繋がりという見えない糸を伝い、遠い村まで、届いていくかどうか――誰にも、保証はできなかった。
村では、ミラが、胸の痣を押さえながら、うずくまり続けていた。
「――ミラ、あんた、何か、聞こえるかい?」
グレイス婆さんの問いに、ミラは、朦朧とした意識の中で、ふと、遠くから響くような声を、確かに聞いた気がした。
(――あなたは、アーヴァインの血を引く、大切な家族の一人よ)
「――リゼル、姉さま……?」
ミラの目から、涙がこぼれた。理由は、自分でも分からなかった。ただ、その声が、これまで感じたことのない、確かな繋がりの実感を、胸に呼び起こした。
「私……アーヴァインの、血を……?」
グレイス婆さんが、ミラの手を、強く握った。
「ミラ。もし、あんたの中に、その血が流れているなら――今、あんた自身の言葉で、名乗ってごらん」
「名乗る……?」
「あんたの、本当の名前を。母親が、あんたに授けた、本当の名前を」
ミラは、記憶の奥底から、何かを手繰り寄せるように、目を閉じた。母親が、幼い頃、寝物語のように囁いていた、ある名前を。
「私の名前は――」
ミラは、涙を拭い、はっきりと声に出した。
「クレア。クレア・アーヴァイン。母が、こっそり呼んでいた、本当の名前」
その瞬間、ミラの胸の痣が、強く輝き、村全体に、一瞬、淡い光が満ちた。
秘宝庫の中で、遺物が、突然、強い光を放ち始めた。
「――これは」
ヴォルガンが、驚愕の表情を浮かべた。
「馬鹿な、血の共鳴が、成立しただと……!?」
「聞こえたわ」
リゼルが、確信を込めて言った。
「今、確かに、ミラの――クレアの声が、届いた」
「そんな、ことが」
遺物の光が、リゼル、アルテア、そして遠く離れたミラを結ぶように、淡い糸を紡いでいく。
「父、エドワード・アーヴァイン。母、セレーネ・アーヴァイン。弟、アルテア・アーヴァイン。そして――もう一人の家族、クレア・アーヴァイン」
リゼルは、最後に、自分の名を告げた。
「私、リゼル・アーヴァイン」
全ての名前が、遺物の前で、正しく呼び上げられた瞬間――秘宝庫全体が、まばゆい光に包まれた。
「まだだ! 契約の完成を、先に――!」
ヴォルガンが、杖を掲げ、最後の抵抗を試みた。だが、遺物から放たれる光は、もはや彼の制御を超えていた。
「――カストル。あなたの後悔、確かに受け取ったわ」
リゼルは、光の中で、静かに呟いた。
「二百年間、積み重なった全ての対価と、全ての真実。ここで、正しく終わらせる」




