第十九章 宰相との対決
「――随分と、面白いことになっているようだな」
秘宝庫の扉に立つヴォルガンの後ろには、数名の護衛が控えていた。だが、ヴォルガン自身は、剣を抜く様子もなく、むしろ余裕すら滲ませていた。
「エルフリーデ殿下まで、こちらの陣営に加わられるとは。予想外でしたな」
「宰相ヴォルガン。あなたの企み、全て明らかになったわ」
エルフリーデが、毅然とした態度で前に出た。
「二百年前の粛清、あなたの一族が代々受け継いできた『契約管理者』としての権能、そして、今まさに完成させようとしている不老不死の研究――全て」
「――ほう」
ヴォルガンは、驚いた様子もなく、静かに頷いた。
「否定はしない。むしろ、よくぞそこまで辿り着いたと、称賛したいくらいだ」
「悪びれもしないのね」
「悪びれる必要が、どこにある? 私は、二百年前の先祖から受け継いだ使命を、忠実に果たしてきただけだ。カストル殿の研究を完成させ、王家に――いや、この国そのものに、永遠の安定をもたらす」
「永遠の安定? あなたが求めているのは、あなた自身の不老不死でしょう」
「両方だ。私が不老不死となり、契約を完全に掌握すれば、王家の代替わりに伴う混乱も、無用な争いも、全てこの手で管理できる。それこそが、真の『安定』だ」
リゼルが、静かに前に出た。
「その安定のために、どれだけの人が苦しめられてきたか、あなたは分かっているの?」
「分かっている。だが、大きな目的のためには、小さな犠牲は避けられない。それが、統治というものだ」
「小さな犠牲、ですって?」
リゼルの声に、初めて、はっきりとした怒りが滲んだ。
「私の家族の命が、あなたにとっては『小さな犠牲』なの? 二百年間、この子が――アルテアが、傀儡として苦しんできたことも? レオンの一族が、二百年間、才能を奪われ続けてきたことも?」
「その通りだ。個人の悲劇と、国家の安定を天秤にかければ、答えは自明だろう」
ヴォルガンの声には、微塵の迷いもなかった。
「アーヴァインの娘よ。お前が今、何を企んでいるかも、大方察しはついている。契約の『無効化』とやらを、試みるつもりなのだろう」
「――知っていたの」
「カストル殿の記憶の一部は、私も、代々受け継いだ知識として把握している。だが、教えてやろう。無効化には、もう一つ、条件がある」
「もう一つの、条件?」
「家族全員の名を正しく呼び上げるだけでは、不十分だ。同時に――遺物そのものを、完全に破壊する必要がある」
「破壊……?」
「そして、遺物を破壊するということは、そこに蓄積された全ての対価――記憶も、声も、姿も、老いも、全てが、跡形もなく消滅するということだ。清算とは違う。取り戻せる可能性すら、断たれるということだ」
リゼルの息が、詰まった。
「つまり、あなたたちは、記憶を『取り戻す』ことすら、諦めなければならない。ただ、この呪わしい仕組みそのものを、終わらせるだけの選択だ」
「――それでも」
リゼルは、拳を握りしめた。
「それでも、終わらせる。取り戻せなくても、これ以上、誰かを苦しめ続けるくらいなら」
「感傷的だな。だが、私は、それを許すつもりはない」
ヴォルガンが、懐から、小さな杖を取り出した。カストルが遺したものと、同じ形をした杖だった。
「契約は、完成させる。二百年かけて積み上げてきた計画を、今更、放棄するつもりはない」
「――やらせない」
ドロテアが、剣を構えた。
「執事、お前の相手は、私がしよう」
護衛たちが、一斉に剣を抜いた。
「レオン、エルフリーデ殿下をお守りしろ」
「承知」
「アルテア、あなたは」
リゼルが、弟に向き直った。
「私と一緒に、遺物の前へ。名前を呼び上げる準備を」
「はい、姉上」
秘宝庫の中で、二つの陣営が、正面から対峙した。
「――さあ、始めようか」
ヴォルガンの杖が、紫色の光を放ち始めた。




