表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不死の令嬢は死に方を忘れた  作者: わがままな饅頭


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/28

第一章 崖と、二百十八回目

二百年という歳月は、人を大抵のことに慣れさせる。


 リゼル・アーヴァインにとって、それは「死ぬこと」だった。より正確に言えば、「死のうとして、失敗すること」に。


「――一、二、三」


 崖の下、岩に叩きつけられた体を仰向けに横たえながら、リゼルは律儀に数を数えていた。今のが何回目だったか、数え間違えないようにするための、二百年来の習慣だった。


 骨が軋みながら繋がっていく。潰れた内臓が、まるで巻き戻しの魔法のように元の位置へと戻っていく。この不快な感覚には、二百年経っても慣れることがなかった。


「――今ので、二百十八回目、ね」


 空を見上げながら、リゼルは呟いた。雲一つない秋晴れだった。こんな日に飛び降りるのは、少しもったいない気もしたが、死に方を試すのに天気を選んでいては、いつまで経っても終わらない。


「お嬢様」


 崖の上から、聞き慣れた声が降ってきた。ドロテアが、いつもの仏頂面でこちらを見下ろしている。


「今日は崖でしたか。先週は川に飛び込んで、先々週は毒キノコを一籠食べて、その前は雷の落ちた木に抱きついて」


「数えなくていいわ。分かってる」


「分かっていて毎回死のうとするのが、私には理解できません」


 リゼルはよろよろと立ち上がり、服についた泥と血を払った。傷はすでに塞がりかけている。もう痛みもほとんど感じない。


「ドロテア。あなた、私と付き合って二百年でしょう。いい加減、理解してくれてもいいと思うのだけれど」


「理解することと、賛成することは別ですので」


 ドロテアが縄梯子を投げ落とす。リゼルはそれを掴み、崖を登り始めた。


「私を『死ねない体』にした奴が、必ずどこかに『解除の方法』を仕込んでいるはずなの。取引には、必ず抜け道がある」


「二百十七種類、試してなお見つからない抜け道を、まだ探すと」


「二百十八種類目を試すまでよ」


 崖の上に登り切ると、目の前に広がるのは、見慣れた光景だった。アーヴァイン領――かつてリゼルの一族が治めていた土地は、二百年前の粛清の後、王家の直轄領として管理されてきた。屋敷は焼け落ちたままだったが、周辺の村々は、今もひっそりと人々の暮らしを続けている。


 リゼルは、この土地を離れなかった。離れられなかった、と言うべきかもしれない。


「今日も、村に寄っていかれますか」


「ええ。ミラに、約束していた本を届けないと」


 ミラというのは、村外れに住む少女の名だった。両親を早くに亡くし、祖母と二人で暮らしている。リゼルとは、三年前に偶然出会って以来の付き合いだった。


 村への道すがら、ドロテアが不意に口を開いた。


「お嬢様。一つ、お伺いしてもよろしいですか」


「何」


「もし本当に『死ぬ方法』を見つけたとして――お嬢様は、本当にそれを実行なさるおつもりですか」


 リゼルは、少し考えてから答えた。


「分からない。ただ、選べる状態でいたいの。今の私には、選ぶことすら許されていない。それが、一番苦しい」


「――なるほど」


 ドロテアは、それ以上何も言わなかった。だがその横顔には、二百年連れ添ったリゼルにも読み取れない、何か複雑な影が差していた。


 村に着くと、ミラが道の途中で待ち構えていた。


「リゼル姉さま!」


 駆け寄ってくる少女の笑顔に、リゼルは思わず口元を緩めた。二百年の間に出会った、数えきれないほどの人々の中でも、ミラの存在は、リゼルにとって特別な温かさを持っていた。


「本、持ってきてくれた?」


「ええ、約束通り」


 リゼルは荷物から一冊の本を取り出した。王都で見つけた、異国の冒険譚だった。ミラは目を輝かせて受け取り、その場でぱらぱらとページをめくり始めた。


「姉さま、また新しい傷、増えてる」


 ミラが不意に、リゼルの首筋に残るかすかな傷跡に気づいた。崖から落ちた際の傷は、完全には消えきらず、うっすらと痕を残していた。


「痛くないの?」


「痛いわよ。でも、すぐ治るから平気」


「早く治るといいね」


 その、なんの気なしの一言が、リゼルの胸の奥に、小さな棘のように刺さった。


(早く治るといい、じゃなくて――もう傷つかないでいて、と願われたことなんて、二百年、一度もなかったかもしれない)


 村での用事を済ませ、夕暮れ時、リゼルとドロテアは屋敷の廃墟へと戻る道を歩いていた。


「ドロテア。今日、王都で妙な噂を聞いたと言っていたわね」


「ええ。――『アーヴァイン家の秘宝を継ぐ者』が、王宮に召し抱えられたと」


 リゼルの足が、止まった。


「秘宝を継ぐ者……? アーヴァインの生き残りは、私だけのはずよ」


「ですから妙な噂だと申し上げております」


 夕日が、廃墟となった屋敷の残骸を、赤く染めていた。二百年前、あの夜と同じ色の空だった。


「もし本当だとすれば――」


「私の家族を殺した犯人に、繋がるかもしれない」


 リゼルの目の色が、変わった。二百十八回の死を経験してもなお消えなかった、たった一つの熱が、そこに宿っていた。


「決めた」


「まさか」


「王宮に忍び込んで、その『秘宝を継ぐ者』とやらに会いに行く」


「お嬢様のそれ、もはや死に方の実験ではなく、単なる無謀な行動の言い訳になっていませんか」


「同じことよ」


 リゼルは、廃墟の前で立ち止まり、二百年ぶりに、少しだけ口の端を上げた。


「探しているものが『死に方』だろうと『真実』だろうと、私の足はどうせ前にしか進めない」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ