第十七章 王家とアーヴァイン家
遺物の光が、ゆっくりと収まっていく。
「――何か、見えた?」
ドロテアの問いに、リゼルは、目を閉じたまま答えた。
「声、というより……感情の断片、かしら。カストルの、後悔と――もう一つ、別の記憶の残滓」
「別の記憶?」
「王家に関する、何か。……もう少し」
リゼルが集中を続けると、断片的な映像が、脳裏に浮かび上がってきた。
それは、二百年以上前――カストルがまだ、王家に忠実な魔導士だった頃の光景だった。
当時の国王が、密かに、実の兄を暗殺していた。王位継承権を巡る、血みどろの争いの果てに。カストルは、その事実を偶然知ってしまった、数少ない人物の一人だった。
「――なぜ、これがアーヴァイン家に関係するの」
リゼルが問いかけると、さらに映像が続いた。
当時のアーヴァイン当主――リゼルの何代か前の先祖にあたる人物が、この暗殺の事実を、独自に調査し、記録として残していた。それが、地下書庫でリゼルが目にした、あの記録帳の内容だった。
カストルは、この事実に気づいていた。そして、王家に対して、密かに警告していたのだ。
「アーヴァイン家が、あなたの秘密を知っている」と。
「――カストルが、密告者だったの?」
リゼルの声に、動揺が滲んだ。
「いいえ、待って。もう少し、記憶が続く」
映像は、さらに進んだ。カストルは、王家への警告と同時に、アーヴァイン家に対しても、密かに接触を図っていたのだ。
「――記録を、破棄していただきたい。さもなくば、王家は、貴殿らを排除するでしょう」
だが、当時のアーヴァイン当主は、その警告を拒んだ。
「我々の使命は、王国の『真実』を記録し続けること。都合が悪いからと言って、それを破棄するわけにはいかない」
カストルは、その頑固さに、内心では敬意を抱きながらも、王家の意向には逆らえなかった。彼は、板挟みの中で、苦渋の決断を迫られていた。
そして、二百年前――ちょうどリゼルの代に至って、ついに国王(先代)が、アーヴァイン家の排除を決定した。カストルは、その実行役として、不老不死研究の対価集めと、王家の意向とを、同時に満たす形で、粛清を計画したのだった。
「――全部、繋がっていたのね」
リゼルは、静かに呟いた。
「アーヴァイン家が狙われたのは、単に王家の都合が悪かったからだけじゃない。カストルの研究の対価としても、都合が良かった。二つの思惑が、重なった結果だったのね」
「では、姉上」
弟が、震える声で尋ねた。
「もし、地下書庫の記録さえ、破棄されていれば――僕たちの家族は」
「――『もし』の話をしても、仕方がないわ」
リゼルは、静かに首を振った。
「お父様は、記録を守ることを選んだ。それは、後悔すべき選択じゃない。むしろ、今こうして、私たちが真実に辿り着けたのは、お父様が記録を守り続けてくれたおかげよ」
エルフリーデが、深く息を吐いた。
「――つまり、私の家系、王家そのものが、あなたたちの悲劇の、根本的な原因の一つだった、ということね」
「殿下……」
「謝らせて。私の先祖が犯した罪を、あなたたちが二百年間、背負わされてきた」
エルフリーデは、深く頭を下げた。
「王女としてではなく、一人の人間として、謝罪します。ごめんなさい」
リゼルは、少し驚いた後、静かに首を振った。
「殿下が謝る必要はないわ。あなたは、その罪を明らかにしようとしている。それだけで、十分よ」
「――ありがとう」
弟が、拳を強く握りしめた。
「姉上。カストルの記憶、まだ続きがありますか」
「ええ。最後に、一つだけ」
リゼルは、遺物から伝わる、最後の断片を、言葉にした。
「カストルは、契約を完全に終わらせる方法を、実は最初から、遺物の中に残していた。ただし、それを実行するには――」
「実行するには?」
「アーヴァインの血を引く者が、遺物の前で、『家族全員の名前』を、正しく呼び上げる必要がある。それが、契約を『清算』ではなく、『無効化』する、唯一の方法」
「家族全員の、名前……」
「お父様、お母様、そして――」
リゼルは、弟を見つめた。
「あなたの、本当の名前を。二百年前、身代わりに姿を書き換えられる前の、本来の名前を」
弟の顔が、青ざめた。
「――僕は、自分の本当の名前を、覚えていません。姿を書き換えられた際に、記憶の一部も、一緒に失われました」




