第十四章 二百年分の執事の意地
リゼルの声が届いたのか、金色の瞳をした弟の剣筋に、わずかな乱れが生じた。
その一瞬を、ドロテアは見逃さなかった。
「――そこだ」
鈍ったはずの剣が、正確に相手の小手を打った。金色の瞳をした何かが、痛みに顔を歪める。
「小癪な」
「小癪で結構。二百年、小癪な執事で通してきたのでね」
ドロテアは、間合いを詰めながら、静かに語りかけた。
「――若君。あなたの中に残る意志に、問いたい」
「執事、貴様」
「二百年前、あなたはまだ五歳の子どもだった。何も知らぬまま、身代わりの子を犠牲に、生き延びさせられた。それは、あなたの罪ではない」
剣を交えながらの言葉に、金色の瞳が、再びわずかに揺らいだ。
「あなたが今、姉君を裏切るような真似を続けてきたのも、傀儡としての支配下にあったからだ。それも、あなたの罪ではない」
「黙れ」
「ですが」
ドロテアの声が、一段と強くなった。
「先ほど、あなたが姉君の寝顔を見つめながら、『裏切るような真似を続けてきた』と悔いていたことを、私は聞いていました。あれは、紛れもなく、あなた自身の意志だった」
「――っ」
「ならば、今この瞬間もまた、あなた自身の意志で、抗ってみせなさい。二百年前、まだ幼かったあなたを守れなかった私からの、最後の詫びとして――今度こそ、あなたを取り戻す手伝いをさせてください」
金色の瞳が、大きく見開かれた。まるで、内側で何か大きなものが、せめぎ合っているかのように。
「僕、は……」
弟の声が、金色の響きと、本来の声との間で、激しく揺れ動いた。
「姉、上を……守り、たい……でも、体が……」
「弟!」
リゼルが、危険を承知で、剣戟の間合いに踏み込んだ。
「お嬢様、なりません!」
ドロテアの制止も間に合わなかった。だが、リゼルが弟の前に立った瞬間――金色の瞳をした剣が、なぜか、止まった。
「――なぜ、止まる」
声が、二重に響いていた。金色の響きと、弟本来の声が、同時に。
「姉上を、傷つけることは……できない……!」
弟の体が、その場に崩れ落ちた。両手で自分の頭を抱え、苦悶の声を上げる。
「レオン、彼を!」
エルフリーデの指示で、レオンが弟の体を抱きかかえた。
「意識は、ありますか」
「――かろうじて」
弟の瞳は、緑と金色の間で、不安定に揺れ続けていた。
「姉上……申し訳、ありません。僕の意志だけでは、完全に、この体を取り戻せません」
「謝らないで。ここまで、抗ってくれただけで、十分よ」
リゼルは、弟の頭をそっと抱きしめた。
「ドロテア。今の状態を、これ以上悪化させない方法は?」
「――恐らく、一時的にでも、ヴォルガンとの接続を断つ必要があります。ですが、それには」
「それには?」
「契約の根幹――アーヴァインの秘宝そのものに、直接触れる必要があるかもしれません」
リゼルの目が、見開かれた。
「あの遺物は、まだ王宮のどこかに?」
「恐らくは。ヴォルガンが、宮廷魔導士としての立場を利用して、二百年前に回収し、今も王宮の奥深くに保管している可能性が高いです」
エルフリーデが、頷いた。
「宮廷魔導士の管轄する『秘宝庫』――そこに、探しているものがあるかもしれない」
「案内、できますか」
「――危険を伴うわ。あそこは、宰相府の目が最も厳しい場所の一つだから」
リゼルは、腕の中の弟を見つめた。金色と緑の間で揺れ続ける瞳。この状態を長引かせれば、いずれ、弟自身の意志が完全に呑み込まれてしまうかもしれない。
「行きましょう。今度こそ、全てに決着をつけるために」
ドロテアが、静かに剣を鞘に収めた。
「二百年分の意地、まだ見せ足りませんので――お供いたします」




