コミュニケ
「祝福の席にて申し上げる。我が国は新たなる国の樹立を認め、その門出に友誼をもって応えたい。」
その一言で、結婚式だったものは、国際的に国交樹立式典へと意味を変えた。
どよめきも何も起こらない、静かな転換だった。
それだけでは終わらなかった。
定期的に周回走が行われ、譲り合いの喧嘩なる議論の場も頻繫に目にするイシュの民の国だというのに、やけに初めましてが多いことを、少しばかり不思議に思っていた。
その理由が、ここには大量に王国からもイシュの民が訪れていたということがわかった瞬間には、王国所属のイシュの民は一人もいなくなった。
「クローバーは、わざわざ隣人を削って言い直したわ。みんなはどっちがいいかしら?」
かつて王国民であった魔王が、王国の女王を名で呼ぶ。
それだけで、王同士の契約が交わされたというこが、示されたように思えた。
そしてその直後から、譲り合いの喧嘩がそこら中で湧き起こった。
沸き起こったと言ってもいい活発さで、祝いの熱は一段上がった。
それだけ。
開会宣言も、閉会宣言もないままに、国交樹立式典などなかったかのように、祝いの席へと溶けていった。
「私は王の座を降りるぞ、ドーラ!はっはっは!」
一人呆気に取られ、そのせいでチャッピーがローニャに捕まったとき、衝撃的な一言が聞こえた。
女王のよく通る声を、その場で気にする者は誰もいなかった。
「ふふふ。ただのクロっち、爆誕である!はっはっは!」
とんでもない宣言に、大声でさらに念が押されたというのに、ざわめきの温度は変わらない。
女王などという権威は、元からそこにいなかったかのように、注目されずに過ぎていった。
チャッピーが解放されたのを見て、私はどんな風に報告するかを考え始めていた。
◆
外交官としての務めにより、ここにクローバー女王によるガン・イシュ国との国交樹立記念式典について報告いたします。
その式典は、終始祝いの雰囲気に包まれておりました。
私、フランチェスカ・ウァレリア・フォン・ミッチェルはこれに居合わせ、ガン・イシュ国と王国との間の国交樹立の瞬間を記録する者となったのです。
なぜならば、他ならぬ魔王リル本人より、ガン・イシュ国の中枢にて開催されたこの式典に招かれていたからです。
クローバー女王は新生国家樹立を認め、その門出に友誼をもって応えたいと述べられました。
さらに、その証として王国を代表するイシュの民を伴ってきたこと、そして彼らを隣人として迎えてほしいことを願われたのです。
これに対し、魔王リルはクローバー女王の言葉を受け、ガン・イシュの民へ問いを返しました。
その問いののち、反対も逡巡も表に現れることはなく、迎え方をめぐる議論だけが、祝いの熱の中で一斉に広がっていったのでした。
なお、クローバー女王は王権を手放す意向も示されました。
その後も、それを曖昧に撤回することなく、重ねて自らの立場を崩してみせられたのです。
イシュの民の贈答を以て友誼の証とすることは、かつて鞭を手にした側であった私には、続く魔王の対応がなければ何事にも感じられなかったことでしょう。
しかし、魔王リルはそれをそのまま受け取らなかったのです。
クローバー女王の言葉を受け、自らの民へ問いを返し、迎え入れ方を委ねました。
その後に起こった議論は、誰を誰に与えるかではなく、誰がどのように共に生きるかを決めるためのものでした。
差し出されたイシュの民は物ではなく者として、この国へ迎え入れられたのでした。
「イシュの民」よ「人であれ」
ここに示したのは、式典で歌われたガン・イシュ国の国歌の一節です。
まさにガン・イシュ国は、イシュの民を国民とする、唯一の国なのです。
この伝書鳩網は、各地の学者様方に通じていることは、存じ上げております。一刻も早くお伝えすべきことと考え、その上で利用させていただきました。悪しからずご了承ください。
ガン・イシュ国
教国駐在特命使節
フランチェスカ・ウァレリア・フォン・ミッチェル
◆
「今日は何書いてんだ?」
「外交官としての努めですわ。」
その夜、私とローザには、石の家が一つ貸し出された。
滞在中は、ここを使うといいと言われ、工房のすぐ上の家をあてがわれた。
「友だちが増えたっつって喜んでたもんな。大変だったぜ。」
「まるで自分のことのように言うのですね。」
ローザは、イシュの民を知らずに育った。
だからだろうか、最初からごく当たり前みたいに、対等に接している。
今の私には、それが眩しく見えた。
「並び順を決めるっつってよ。喧嘩が止まねぇんだ。」
「喧嘩っていっても議論なのでしょう?」
「決まってんだろ。今さらここでど付き合いの喧嘩かもなんて思うなよ。」
「そうですわね。で、その口ぶりだと参加したんですの?」
「いや、あたしはお前の教育係だからな。断ったよ。」
誘われたんですのね。
議論に加わったのかと聞いたつもりだったのに。
「それがよ、あたしの周りにいたやつら、口先ばっかだったからよ、実際に並んでみようぜっつって並ばせたんだ。」
「それで、上手くいったんですの?」
「いや、ジャンヌの格好の標的になった。」
「ジャンヌというと……」
「王国から来た画家でよ、帝国の勇者なんだってよ。」
「勇者の標的に……してしまったのですか。」
「ぎゃはは、心配すんな。あいつの武器は描くことだ。」
そこを心配したわけではなかった。
帝国の、記録なのだ。
勇者の絵というものは。
つまりこの国交樹立記念式典は、ガン・イシュ国と王国に留まらない。
私の書簡が、少なくとも公国、教国、王国、天文国には確実に届く。
そして勇者の手で、帝国が見届けたという記録が残る。
しかも魔王を退けた勇者が、魔王の本拠地に乗り込んだという記録にもなるのだ。
描くことが武器。
それがどう振るわれるかは知らないが、きっと勇者の思惑など、意にも介さず利用するだろう。
帝国という国を考えると、どうしてもそんな予感がするのだった。




