ファンタスマ
いた。
こんなところに。
カールが大勢誘ったために、式の会場はイシュの民でごった返していた。
クローバーによってイヨたちの輪に引きずり込まれたドーラは、瑠璃語で畳み掛けられていて、その傍らにはセバスとマイヤーが控えていた。
紫露と橙たちが舞いを披露し、周りの者たちに簡単にできる振り付けをいくつか教えていて、カタリナとファルスが力尽きていた。
ローザがイシュの民を集め、絵の題材としてか並び順で譲り合いの喧嘩をさせていて、描き手のジャンヌは決まる前の様子をもう絵にし始めていた。
あたしたちへの祝辞を述べて頭を下げたチェスカは、その瞬間にローニャに飛び付かれ、そのまま追い掛けっこに参加して走り回っていた。
アリスとロンギヌスがルイス一家と再会を祝し、第二婦人のアイラの元にはその娘も来ていた。
カールはルネと一緒にいて、スパーニャの卵を誇らしげに抱えていた。ただ、見せつけられる相手がいて然るべき位置には、誰もいなかった。
ようやく、会場を歩き回る余裕ができた。
さっきまでは祝われるばかりで、誰がどこにいるのか、ろくに見る暇もなかったのさ。
けれど今こうして見渡してみれば、どこを向いても、誰かが勝手に楽しみ方を見つけている。
まったく、どこもかしこもイシュの民の祝宴らしいじゃないか。
「おや、ようやくあたしの番かねぇ。」
「すまないね、ちょっと出産でごたついちまったのさ。」
「いやいや、いいんだよ。あたしゃこの場に招かれただけでもう、十分楽しめてるさね。」
そう言ってくれるおばちゃんの周りには、ここの工房の者たちが集まっていた。
「この人はラスカノって言ってね。からくりにその情熱を注ぐ、天下一の職人さね。逃亡旅団に参加した縫製家のミランダや、夢想家のワッツを見付けてね。混ぜてもらってたのさ。」
逃亡旅団に参加した者のうち、街に戻らずリルについて行った者たち。
ガン・イシュの工房で、元気にやってたようだ。
街を出た者たちが、ちゃんとここで暮らしを回している。
それが見て取れるだけで、なんだか少しほっとした。
「がはは!結婚式の日に孵化と出産をこなすたぁ、なかなか骨があるじゃねーか!」
「骨はないのかと聞かれがちなんだけどねぇ。」
「がはは!違えねぇ!じゃが実際はむしろ、骨は多そうだがの!」
腕をくねらせながらそう言ったラスカノは、飲み物が入った器をあたしに寄越した。
「こんな時でも当たり前のようにメモを取ってるとはね。相変わらず、見事な字体じゃないか。」
「なんじゃこれは。全く読めやせん。何と書いとるんじゃ。」
「見たものまんまさ。この一枚には、会場の今の様子が書いてあるのさ。」
「これじゃ後から読めんじゃろうに。」
「改行までひと繋ぎの線だけど、こう見えて緻密なのさ。」
速く書けるように考え出した字体さね。
あたしは少しだけ、書いてある内容を読んで聞かせた。
「花婿殿は一体、誰に向かって話してんだい?」
「どうだかね。一緒にいるルネってのは、岩とだって交流しちまうようなドラゴンさね。何かがいるんだろうさ。」
おばちゃんの疑問は、あたしがさっき書き留めたカールに向けられた。
いくら説明されたって、確かめようのないものは書き留めても仕方がないさね。
「ほう、そりゃあれだね。近ごろここいらで噂になってるっていう白金のおばけってやつだね。黒の森ってのがあってだね、そこに映えるは白と金!近くで見ようと寄ってみても、だあれもいないって言うじゃないか。でも、そういうことだったってわけかい。白金のおばけが姿を消せるなら、謎はすべて解けたようなもんさね。」
おばちゃんがそんなことを話し出す。
妙な真実味があるのが厄介さね。
黒の森の白金だの、姿を消すだの、そんな話は子どもに効かないわけがない。
近くにいた子らは、目を丸くしたかと思うと、わっと散って行く。
おばけを探しにカールのところに行く子もいれば、言いふらしに他の子どもがいる場所に駆けてく子もいる。
祝いの席ってのは、こうして一つの与太話まで、あっという間にみんなの遊びへ変わっちまうのさ。
「がっはっは!こりゃあおばけの真相は、あっという間に広まっちまうなぁ。がっはっは!」
ラスカノは、おばちゃんがでたらめを並べたことを分かっているのだろう。
話が広まることを面白がっていることから、そんな風に読めた。
「カールに祝わされるだけさね。あ、いただきますをするんしゃないよ!スパーニャはゆで卵じゃないさね!おばちゃん、あたしゃちょっと行ってくるよ!」
◆
「お前、白金のおばけって呼ばれてるのにゃ。メレにゃもこっちに来たにゃ。祝わせてやるにゃ。」
先ほどからもこんな調子だったのだろうか。
虚空に向かうカールは、本当にそこに何かがいるように話し掛けていた。
集まってきた子どもたちは、最初こそきょろきょろと辺りを見回していた。
白金のおばけを探しているのだろう。
けれど見つからないと分かると、今度はおばけよりカールの方を面白がり始める。
そこにいるのか。
どこにいるのか。
何を祝わせるのか。
口々に好きなことを言いながら、それでも誰も、その場を離れようとはしなかった。
「ふふふ。賑やかでいいわね。やっぱり、ガン・イシュは素晴らしいところだわ。」
ルネは、集まった子どもたちに微笑み返している。
その様は、今のリルに本当に似ていると思えた。
「何か見えてるのかい?カール。」
「そんなの関係ないにゃ。ここにいるなら、誰でも祝えにゃ。」
カールにとって、いるかどうかは、見えるかどうかとは必ずしも一致しないようだ。
それがおかしくもあり、それでいてなんともカールらしいと思えた。
おばけの噂が立って、ここにいるのなら、祝え。
そもそも最初からカールは、式をやれば祝ってもらえると言っていたのだ。




