パテルベルグ
「女王になってしまったのですね。」
「あら、お父様。ここは結婚式の会場よ。そんな言い方をすると、会議室になってしまうわ。」
ご馳走の並べられた机と離れ、腰掛ける場所が設けられていた。
飲み物だけ持って来たり、小皿に取り分けた料理を持って来たりができるように。
その多くが空席で、座る者たちのほとんどは、直接地面に腰をおろしていた。
「いつの間にかもう、守るべき存在ではなくなってしまった。リル、大きくなりましたね。」
「ふふふ。それじゃ、私の結婚式みたいじゃない。でも当然よね。だって、私だもの。」
「ははは。昔はそれ、よく言っていましたね。でも、そうですか。リル、なのですね。」
お母様が王都に召喚され、しばらくは私のままでお父様と過ごした。
だから、お母様よりは空白の期間は短いけれど、それでもこうして話すのは久しぶり。
お母様がいなくなってからの強がりで生まれたこの口癖も、お父様にとっては随分久しぶりなことだろう。
「色々と、心配掛けたわね。私は瑠璃よ!っていう記憶はもう、きっちり整理済み。瑠璃の記憶を源泉にした行動としてもね。その上で、私は私として、前に進むわ。」
私は、改めて決意を口にする。
お父様にもう、心配を掛けないようにと。
「リルはずっと、そこにいたということなのですか?」
「そうよ。私として色々考えて、身体を動かそうとして。でも、壁にぶつかるような感じがするだけで、自分のものとしては動かせなかったわ。」
「動かせないけれど、見たものや聞いたものは入ってくる。そういうことでしょうか。」
私の言葉を、端的に整理するお父様。
心なしか、身体を強張らせて表現してくれているようで、少し可笑しかった。
「ふふ、そうね。そんな感じ。だけどその情報で、何を考えたのかがわからないから、予想外の動きがずっと続くの。その間、ずっと私の意識は続いてたわ。」
「眠ることは、なかったのですか?」
「いいえ、身体の方と調子は合わなかったけれど、眠っていたのだと思うわ。」
夜が来たら寝る。
そんな周期とは関係なく、眠りに落ちていた。
そう、あれは眠りという表現が、何より近い。
「不思議なことが、あるものですね。」
「考えても仕方ないわ。だって、魔法だもの。そうでしょ?」
「それもそうですね。その上で、やったことは受け止める。本当に、立派になりました。」
お父様が、少し涙を浮かべる。
お母様との再会は、激しい再現からだったけれど、お父様との再会は、少ししんみりとしていた。
「はっはっは!なんだ、何も聞かされていなかったのか!はっはっは!」
その雰囲気を許さないと言わんばかりの快活な笑い声が響く。
あ、しまったわ。
何かいい忘れていると思ったら、チェスカに結婚式のことを言っていなかったわ。
「女王陛下は悲願を達成されて、随分と肩の荷を下ろされたようですね。」
「何か、成し遂げたのかしら?」
「ええ。イシュの民を、国民として認める宣言をされました。」
「あら、私の真似ね。」
ガン・イシュ国の国民は、言うに及ばずイシュの民だ。
「ははは。確かにそうですね。でも、それはきっかけに過ぎません。」
「そうね。そのために王権を手に入れたのだとしたら、それこそ私が産まれる前だわ。」
絵で見たとおりの女王を見て、そう思う。
武術なんていう、東の技術まで修めた若かりし頃のお母様が、敵わないと漏らした相手だ。
「話が早くて助かります。腹心として、弁明する必要がなくなりました。」
「ふふ。やっぱり仕事の話になってしまうのね。」
「ああ、これは申し訳ありません。」
「いえ、今はそれが理解できていることが嬉しいわ。」
素直にそう思った。
ガン・イシュを回って、みんなとこれからについて相談するうちに、随分と視野が広がった。
みんなに説明することで、どうやら理解も深まったようなのだ。
「本当に、私には勿体ないくらいの立派な娘です。親の顔が見てみたいですねぇ。」
「マイヤーを呼んで、鏡を用意させようかしら?」
「ははは。マイヤーですか。親の惚気など聞きたくないかもしれませんが、ドーラと結ばれたのは、マイヤーとセバスがいたからなんです。そのことだけ、言いたくなりました。」
「そうね。それだけにしておいてちょうだい。二人の馴れ初めなんて、聞かなくてもお腹いっぱいだもの。」
子どものいる両親が、恋人のように接する。
それは、ガン・イシュでは当たり前の光景だった。
イシュの民の両親は、お父様とお母様のように離れ離れなのだ。
イシュの民の家族は、身体的特徴が同じ方の親と共に過ごすがゆえに。
「おや、メレナが祝福を授かるようですよ。」
チェスカがこちらを睨み付けているように見えた。
これは完全に私が悪いわ。
よし、笑って誤魔化そう。
するとなぜか、両肩に伝書鳩を乗せて、祝辞を述べ始めた。
「建国直後に、王国と教国を招くとは。対外的にどのように映ることでしょうね。」
「今の私は、それも全て折り込み済みよ。うちの国民は、凄いんだから!」
「そうですね。それは知っています。リルが残したリオナが、さらりと私の悲願を達成してくれましたから。」
「あら、イシュの民に返したのね。」
「ええ。しばらくその話もしておりませんでしたから、リオナから提案されたときには驚きました。」
外壁の街は、ガン・イシュを目指さなかった者たちが、あの地に創った楽園だった。
私の家には、そんな伝記が代々伝わっている。
お父様は、それを返すべきものとして、私に教え続けていたのだ。
それは女王陛下が、イシュの民だと知っていたからこそなのだろう。
きっと、お母様から聞いて。
お父様は、誰もが足を止めてしまうような山を登ろうと、道を敷いた。
私の元にリオナが現れ、瑠璃が行動を起こした。
結果的に瑠璃は糾弾されることになったけれど、リオナが継いで、外壁をイシュの民に返したのだ。
難所を勝負どころとしてしまったかのようなその報せは、祝いの席で知るにはあまりにも似つかわしかった。




