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シャポー

「はっはっは!なんだ、何も聞かされていなかったのか!はっはっは!」


 私の前で高らかに笑うのは、魔王ではなく、女王だ。

 なぜ、こんなところにいるのか。

 そんなの、結婚式に誘われたからに決まっている。

 だが、それは個人的な理由だ。


 一国の王が、新しく国家として名乗りを挙げた国にいることが意味することは。

 魔王に指名され、自分から外交官などと自称している修道女がいるのとでは、訳が違う。

 違い過ぎるのだ。


 助けて、チャッピー、ジェミー!


 そんな願いが通じたのか、ちょうど二羽とも舞い戻っていた。

 でも、即座に返答なんかもらえない。

 実際には遥か遠く、王国のダフニス様や、天文国のサンドロス様とのやり取りを運ぶ役でしかないのだ。

 ただの伝書鳩二羽として、薔薇色の服を着た二人と、元気に追い掛けっこをしている。


「大きさや体温なんかがちょうど良いんじゃないかい?」


 とは、二人の母親の解釈である。

 熱を診ているのだそうだ。


 伝書鳩が上手に地面を駆けるとは、これまた発見だ。

 いや、ただ駆けるだけではない。

 二羽は薔薇色の二人に追いつかれそうになるたび、羽を広げるまでもなく、ひょいと半歩ぶんだけ先へ逃げた。

 その距離が、いかにも腹立たしい。

 届きそうで届かない。

 けれど本気で振り切るつもりもないらしく、少し離れては振り返り、また二人が走り出すと、今度はわざと遅らせる。

 二人は、完全に遊ばれていた。


「ぼ!ぼ!」


 手を伸ばす。

 横から回り込む。 

 チャッピーとジェミーはその間を、地面を蹴る小さな音だけ残してすり抜けた。

 くるりと首を返し、何でもない顔でまた小走りする。

 ちょこまかと速いくせに、逃げる姿まで妙に落ち着いていて、いかにもこちらの様子を見ている感じがした。


 やがて、薔薇色の二人の方に疲れが見え始めた。

 動きが少し重くなり、伸ばした手が雑になる。

 すると今度は二羽の方が、なぜか距離を詰めてきた。

 ほら、これなら届くだろうと言わんばかりに。


「ははは、なかなかいい性格してるじゃないか。ルーニャ、ローニャ、あんたたち、このままでいいのかい?」

「ぼ!」


 ローニャが、短く鳴いた。


 ルーニャが、その場で少し動きを緩める。

 ローニャに至っては、とぐろを巻いてうずくまってしまった。

 鳥たちは案の定、面白がるように近くまで寄ってきた。


「ぼ!ぼ!」


 ローニャが跳ねた。

 自分の尾で周りは一切見えていないはずなのに。

 いや、違う。

 二人は最初から、目など見えていなかったのだ。


 派手な跳躍に、ジェミーが気を取られる。

 そんなに大きく首を動かしたのは、失敗だった。

 ルーニャは顔の向きを把握したのだろう。

 音も立てずに背後に回り込んだ。


 お見事。


 チャッピーは逃げおおせたが、ジェミーは巻き付かれて捕まった。


「ぼ!ぼ!」


 ローニャが寄って来ると、ルーニャは尾をほどき、ジェミーがまた、元気よく周りを駆け回る。

 何の意味があるのか、二人は向かい合って大口を開け、伸ばした舌を揺らし合った。


 そんな姿を、しっかりと目では追いつつ、自由にさせていた。

 あの見たこともない白はもうなく、今は祝宴の輪の中にいる母親の姿だった。


「祝えにゃ。」

「え。」


 音もなく、背後に立たれていた。

 この子らにして、この父親である。


「はっはっは!祝ってやらにゃ、ここから帰れぬぞ!はっはっは!」

「あっちのは祝ってくれたにゃ。」


 その先にいたのは、ローザだった。

 女王の笑いにつられたのか、ばっちりこちらを見ている。

 にやりと笑みを浮かべて。

 ローザが隣に耳打ちすると、された絵描きまで、同じような笑みを向けてくる。


 周りには、素直に期待する顔が並んでいる。

 なんらかの祈りを述べたのだろう。

 きっと、シスター・マリアらしい、すっばらしい祝詞を!


 だから、何の疑いもなく次を待っている。


 何も知らされずに参加させられることになった、初めて会う相手の結婚式。

 だというのに、ちっとも除け者にならない。

 視界に入った魔王が、こちらを見て笑った。

 ローザたちの笑みとは異なり、楽しんでる?とでも言いたげに。

 ただその笑みからは、答えなくてもわかってるわ、とも聞こえてくるようで。


 あー、もう、わかったわよ!


「花婿カール殿、花嫁メレナ殿。本日の佳き日を、心よりお祝い申し上げます。」


 私が襟を正すと、チャッピーとジェミーが羽ばたいて、両肩に止まる。

 ローニャとルーニャがそれを追い掛けると、メレナがそっと抱き上げる。


「私は、祝福とは、ただ綺麗な言葉を並べることではないのだと、ようやく知りました。」

「ぼ!ぼ!」


 ローニャはカールの方に飛び移った。

 それぞれが親の首に巻き付いて、じっとこちらを見つめ返す。


「消えないものを消えないままに、それでも共にあり、時に追い、時に待ち、同じ方へ歩んでゆく喜びへ、静かに頭を垂れて祈ること。」


 決まらないってことは、そういうこと。

 道中で学んだ、イシュの民の懐深さ。

 今見せ付けられた、子どもたちの成長。

 それが今、私の中で静かに重なっていた。


「それが今日、ここで御二人に差し出せる言葉であればと願います。どうか御二人と、小さな命たちの歩みの上に、末永い恵みがありますように。」

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