ラ・パシオン・ケ・テ・トカ
花嫁衣装に身を包んだメレナが、籠に乗って上がって来る。
外壁の街で、質の良い服を作っていた逃亡旅団の者たちと、ガン・イシュの工房の者たちが、持てる技術の粋を尽くして誂えたという、見たこともない生地だった。
それはまるで、布でありながら布であることを拒んでいるかのようだった。
白い。
貴族様が纏う布を思わせる、やわらかな光だった。
けれど、あんなふうに人を遠ざける白には見えない。
その証拠に、首には薔薇色の服を誇らしげにまとった、ルーニャがいるのだから。
だから、あたしが見惚れたのは、衣装にではない。
そんな見たこともない白を、当たり前みたいに着こなして上がって来る、メレナそのものにだった。
◆
「ちっちゃいメレナだ!」
思わずそう叫んだ。
だけど歓声に包まれて、それが目立つこともない。
見たこともない形だし、みんなが手掛けたんだろうってのも分かる。
そんな白は、ちっちゃいメレナを際立たせていた。
「メレナーっ!」
ちゃんと、いつものメレナだ。
妙に落ち着いていて。
澄ました顔をしてるくせに、晴れの日の空気をまるごと引き受けたみたいに、いつもより少しだけ得意げで。
ああ、花嫁なんだなって、見た瞬間に分かった。
だけど、それだけじゃない。
首もとには、そこにいるのが当たり前みたいな顔がある。
だから、あたしにはあの白より先に、そっちが見えた。
花嫁の顔をしたメレナと。
もうとっくに、お母さんの顔まで持ってるメレナと。
あの薔薇色が、花嫁衣装をよそゆきの白じゃなく見せた。
メレナが花嫁で、メレナがお母さんで、そのどっちもまとめて包むための白だった。
だから、きれいだなと思ったあとで、少しだけ笑いそうになった。
やっぱりメレナは、メレナだ。
あんな見たこともない格好をしてても、いちばん目を引くのは衣装なんかじゃない。
そのまんま、メレナなんだから。
◆
薄雲を重ねたように軽やかなのに、裾はきちんと花のようなふくらみを保っている。
初めからこの形で生まれてきたかのようで、見慣れた衣の延長にはとても思えなかった。
まるで水のように流れるのに、崩れない。
柔らかく垂れているはずなのに、胸元から裾にかけての線は、不思議なほど乱れなかった。
人が着ているから形を保っているのではない。
生地そのものが、どう落ち、どうひろがれば美しいのかを知っているみたいだった。
重ねられた白い裾が波打つたび、泡にも花弁にも見える。
こんな衣が実在することを知ったら、仕立て屋たちはきっと、新しい夢を見ることだろう。
「メレナ、とっても綺麗だわ!」
リルでも瑠璃でも、まとめて受け入れてくれたメレナだもの。
だったら花嫁も母親も、子どもも衣装も、全部ひっくるめて大絶賛よ!
だって、私だもの。
当然よね。
◆
「わぁ!」
縦穴から上がって来る、水車仕掛けの籠。
白い裾がふわりと揺れる。
戦艦ノアでガン・イシュに到着したメレナが、雲に乗って上がって来たみたい。
逃亡旅団の出戻り組は、ぼくかルネが運んだんだけどね。
メレナが、くるりと回った。
水車仕掛けの隣に並ぶ、手繰り式の籠の綱が、すごい速さで動いてる。
がしゃん!
乱暴な音を立てたかと思うと、投石機のように影が撃ち出された。
カールだ。
この騒がしい感じには、実況が必要なのでは?
うん、そうに違いない。
「きたきたきたーっ!まるで舞台の下から主役が飛び出してきたみたい!高く、高く舞っているっ!鳥か、鳥なのか?!違う!カールだ!花婿だ!そして乱れない、崩れない、見事な着地!聞いてよ、ほら!この歓声!」
白い花婿衣装が、最後にひらりと揺れた。
首に巻き付いたローニャの薔薇色だけが、そこに小さく灯るみたいに鮮やかだった。
……あれ、動かない。
ぴたりと止まったまま、カールは胸を張っていた。
首に巻き付いたローニャまで、なぜか一緒になって止まっている。
さっきまで爆ぜるみたいだった歓声が、ひとつ、またひとつとどよめきに変わり、やがて会場の音そのものが静まっていく。
笑い声まで、途中で息を潜めた。
誰もが、次を待っていた。
ここまでやっておいて、ただ静かに終わるはずがないと知っているみたいに。
「ぼ!ぼ!」
「祝えにゃ!」
「してやられたーっ!親子そろって決めに来ていたのか!白の花婿衣装に、薔薇色のローニャ!これはもう、登場だけで一本だーっ!」
◆
「ご馳走様にゃ!」
そのひと言で、張り詰めていた空気が一気に弾けた。
笑い声と歓声が、今度こそ遠慮なく湧き上がる。
やられた、という顔も。
最初から分かっていた、という顔も。
みんなまとめて、祝う側の顔だった。
そして、道がひらける。
取り囲むように登場を待ち侘びていた人垣が、ぱかりと二つに割れたのだ。
ネロが、にこにこと笑っている。
貼り付けたみたいに上手だったあの笑顔が、今日はどこまでも本物に見えた。
皆の合わさった手を見て、嬉しそうだった。
「よーし、みんな。目的地はすぐそこだわ!駆けっこしようか。」
リルが、そんなことを言い出す。
「それ行けーっ!」
広い道で、誰も遠慮することはなかった。
孤児院で見た子も、ガン・イシュで見た子も、そのどちらでもない子たちも。
その後ろを、ゆっくりと進む。
やがて、石の集落の中でも、広い建物が近付いてくる。
建物の外に並べられた机に、ところ狭しとご馳走が並んでいる。
早い子は、もう両手を合わせているようだ。
「いただきますにゃ!」
「「「「いただきます!!!」」」」
ご馳走様にゃ、と飛び出してきた花婿がいて。
いただきます、と笑って応えるみんながいる。
いただきますで始まる祝いなんて、きっと悪くない。
そう思える顔が、そこら中にあった。




