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物語のような恋をあなたと 〜妖精は作家志望の現実家に愛される〜  作者: 井ノ上 杏
第一章

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第9話 ビリーとヴィル

「はい、どうぞー」

馬丁が私に手綱を差し出した。

濃い茶色の髪に榛色の瞳をした、日に焼けた青年だった。

これが例のビリーか? てっきり少年かと思っていたのに、若い男じゃないか。


「ビリー、君はレクシー嬢にいつもそういう話し方なのか?」知らず、口調が鋭いものになった。

「レクシーって、アリーのこと?」馬丁は呑気にこう返した。

「他に誰がいる」

「そういう話し方って……いつも通りだよ」

「子爵令嬢だぞ?」

「アリーは幼なじみだし」

「しかし、主従関係にあるはずだ」


 馬丁の無作法よりも、平然とした態度がなぜか妙に苛立った。


*


 いつも柔和な態度なのに、あからさまに苛立った様子のヴィルに私は慌てて説明した。

「カエリムさん、いいのよ。彼が仕えているのはお父様であって私じゃないんだから」

「アリーもそう言ってるみたいだけど?」素知らぬ顔でビリーが茶々を入れた。

「ビリーは余計なこと言わないで」

「はいはい」


 ヴィルの表情がますます険悪になった。彼はビリーから手綱を受け取ると冷たく言い放った。

「ビリー、君はもう戻っていいぞ」

「はーい、失礼しましたー」

偉い人を怒らせるのに慣れているビリーは気にも留めずに悠然と厩舎へ戻っていった。


 ビリーの姿が遠くなると、私はヴィルに言った。

「なぜビリーにあんな失礼な態度をお取りになったの?」

「失礼? 彼のほうが、よほどあなたに失礼では?」

「あれは別にいいんです。昔からああなんだから」

「彼は特別なんですか?」

「ビリーは幼なじみですわ」

「”幼馴染”ですか、便利な言葉ですね」

彼の苦々しい声音に私は驚きを隠せなかった。ビリーのために言い訳をしてやらなければ、と思った。


「私の数少ない友達なのよ」

「果たして彼はそう思っているのでしょうかね? ……彼が友達なら、私はどうなんですか?」

「お友達よ」

「彼と同じということですね」


 なぜなのか分からない。

私たちはどちらも自分が正しいと思っているし、噛み合わなくなっていく会話に次第に苛だちを募らせていた。


 彼は目を逸らすと鋭くため息をついた。そして鐙(あぶみ)に足をかけると、軽々と身体を持ち上げてあっという間に馬上の人になった。

「それでは、失礼します。アレックス嬢」

彼は私に目も合わせずに、そのまま去っていった。


――なんで、最後だけ”アレックス”って呼んだのよ。

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