第9話 ビリーとヴィル
「はい、どうぞー」
馬丁が私に手綱を差し出した。
濃い茶色の髪に榛色の瞳をした、日に焼けた青年だった。
これが例のビリーか? てっきり少年かと思っていたのに、若い男じゃないか。
「ビリー、君はレクシー嬢にいつもそういう話し方なのか?」知らず、口調が鋭いものになった。
「レクシーって、アリーのこと?」馬丁は呑気にこう返した。
「他に誰がいる」
「そういう話し方って……いつも通りだよ」
「子爵令嬢だぞ?」
「アリーは幼なじみだし」
「しかし、主従関係にあるはずだ」
馬丁の無作法よりも、平然とした態度がなぜか妙に苛立った。
*
いつも柔和な態度なのに、あからさまに苛立った様子のヴィルに私は慌てて説明した。
「カエリムさん、いいのよ。彼が仕えているのはお父様であって私じゃないんだから」
「アリーもそう言ってるみたいだけど?」素知らぬ顔でビリーが茶々を入れた。
「ビリーは余計なこと言わないで」
「はいはい」
ヴィルの表情がますます険悪になった。彼はビリーから手綱を受け取ると冷たく言い放った。
「ビリー、君はもう戻っていいぞ」
「はーい、失礼しましたー」
偉い人を怒らせるのに慣れているビリーは気にも留めずに悠然と厩舎へ戻っていった。
ビリーの姿が遠くなると、私はヴィルに言った。
「なぜビリーにあんな失礼な態度をお取りになったの?」
「失礼? 彼のほうが、よほどあなたに失礼では?」
「あれは別にいいんです。昔からああなんだから」
「彼は特別なんですか?」
「ビリーは幼なじみですわ」
「”幼馴染”ですか、便利な言葉ですね」
彼の苦々しい声音に私は驚きを隠せなかった。ビリーのために言い訳をしてやらなければ、と思った。
「私の数少ない友達なのよ」
「果たして彼はそう思っているのでしょうかね? ……彼が友達なら、私はどうなんですか?」
「お友達よ」
「彼と同じということですね」
なぜなのか分からない。
私たちはどちらも自分が正しいと思っているし、噛み合わなくなっていく会話に次第に苛だちを募らせていた。
彼は目を逸らすと鋭くため息をついた。そして鐙に足をかけると、軽々と身体を持ち上げてあっという間に馬上の人になった。
「それでは、失礼します。アレックス嬢」
彼は私に目も合わせずに、そのまま去っていった。
――なんで、最後だけ”アレックス”って呼んだのよ。




