第10話 驚かせたいのか、喜ばせたいのか
数日後、私は近所を馬で散歩していた。時間のあったビリーも手綱を持って付き添ってくれた。
「でさ、クレアにちょっとしたサプライズを計画してるわけ」
クレアはビリーの恋人だ。
「女の子って何がいいんだろう? アリーなら何が欲しい?」
「そうね……何だろう……。改めて言われると思いつかないわね。それに、クレアと私では好みが違うだろうし」
「本気で考えろよ」
「あなたが考えなさいよ」
間の悪いことに、カエリム氏が歩いているのが遠目に見えた。お互いに会釈を交わす。
「どうしよう、あちらも気がついたわ。今から方向を変えたら、あからさまに避けているみたいで感じが悪くなってしまうわよね?」
「嫌なら避ければ?」
「嫌ではないけれど……なんだかこの前はちょっと失礼というか、様子が変だったのよ」
「いつも失礼なんじゃないの?」
「それはビリーの方でしょ。彼はいつもは上品で理知的な、とてもいい人なの」
「全然そうは見えなかったけどな」
「ビリーの話し方のせいで怒らせちゃったのよ、きっと」
「俺のせいかよ」
カエリム氏はその場に少し立ち止まっていたが、ややあってこちらに向かって来た。彼が無作法をしないなら、こちらもちゃんとマナーを守ることを示さなければ。
「散歩にはもってこいのお天気ですね」私は声をかけた。
「ええ、私も思索をしながらあてもなく歩いているところです」
彼はビリーをちらりと目の端で捉えたが、何も言わなかった。
ビリーもさすがに今回は余計なことを言わずに黙っていた。
「ご一緒しても?」
「ええ、もちろん」
カエリム氏は一緒に歩くつもりらしい。予期していなかった言葉に思わず即答してしまったが、正直気まずかった。
彼はビリーとは反対側に私を挟んで並んだ。
「で、クレアには何がいいと思う?」
ビリーが全く彼を気に留めずに先程の会話に戻ったので、私はぎょっとした。
「だから、私はクレアじゃないから分からないってば」
「ヒント位くれよ」
「クイズじゃないでしょ。むしろ聞かれたのは私の方じゃなかった?」
どうしよう、彼のことを置いてけぼりにした会話になってる。かなり失礼だわ。どうしたらいいの。彼とビリーが共通して話せる話題って何?
黙って聞いていたカエリム氏が口を開いた。
「クレアという方は?」
「ビリーの恋人よ」私は少しほっとして答えた。
彼の伏せ気味だった目が開いて、数回瞬いた。
「……ビリー、君には恋人がいるのか?」
「いたら悪い?」
「いや、悪くはないが……」
「とにかく、絶対失敗したくないんだよ。女の子はサプライズが好きだろ?」
「そうなのかしら、分からないわ。私、サプライズのプレゼントなんてされたことないもの」
「アリーじゃ女心は分かんねーか」
「失礼ね」
ヴィルがビリーに向けて言った。
「ビリー、本当に突然するサプライズプレゼントは止めておいた方がいい」
「でも内緒にしたいんだ。驚かせたいじゃん」
ビリーの口調に私はひやひやした。
――またヴィルが怒り出さないといいんだけど。
予想に反して、今日のヴィルはビリーの話し方をさほど気にかけていない様子だった。
「驚かせるのが目的なのか? 喜ばせたいんじゃないのか?」
「そりゃ、そうだけど……」
「一緒に品物を見に行ってもいいだろう。どうしても秘密にしたいのなら彼女をよく観察することだな。何が好きなのか、何に惹かれるのか。一緒にいれば多少なりとも分かるだろう」
「観察? なんか面倒くせーな」
「愛しているなら、それくらい造作もないことだろう。自然に目で追ってしまうはずだ」
控えめな彼が思いがけず情熱的なことを言ったので、私は意外に思った。最初に会った夜、彼が小説を読んでいたことを思い出す。文学青年だからきっとロマンチックなのね。
「……そうかもしんないけどさ」
「”自分があげたいもの”ではなくて、”彼女が欲しいもの”を選ぶんだ。私の店に来れば、間違いないんだが」
「旧都のでかい商会でなんて、買い物できねーよ」
「比較的安価なものもある。我々は貴族だけを相手にしているわけではない。それは自らの存在価値を否定することだ。カエリム商会は商品を取り扱っているのであって、自らの精神までは売っていない」
難しい言い方をしているけれど、ビリーに伝わったかしら。ビリーが偉い人に態度を変えないように、彼もまた相手の身分に囚われずに話しているようだった。
彼は懐から名刺入れを取り出して、ビリーに名刺を一枚渡した。
「店に来ることがあれば、これを出せばいい。ちゃんと対応させる」
ビリーは名刺を受け取ると半信半疑といった様子で見つめた。
「社交辞令じゃねーの?」
ヴィルは呆れたように息をついた。
「君に社交辞令を言ってどうする。先程も言ったが、私は媚は売らない」
「あ、そ……」
いつものように親切なヴィルの対応に安堵した私は口添えした。
「ビリー、ヴィル……カエリムさんは嘘を言わないし、信頼できる人よ。私が保証する」
「レクシー、ご信頼いただき光栄です」彼は小さく会釈した。
――また、レクシーに戻ったわ。
「……ふーん。ま、アリーがそう言うなら」
ビリーはまだ信じきれないような表情で名刺を無造作にポケットへ突っ込んだ。




