第8話 舞踏会のお礼の訪問
舞踏会の翌々日の午後、ヴィルが舞踏会のお礼に訪問してきた。エヴァンジェリンが張り切って彼の応対を買って出たので、私はあまり会話に入らないようにしていた。
彼が舞踏会で私に二回ダンスを申し込んだのが、エヴァンジェリンのプライドをいたく傷つけたのだ。まだ踊っていない人もいたのに二回も同じ女性に申し込むのは、その女性が気に入ったという意味で取られてもおかしくはない。たぶん旧都ではそんな価値観はないのだろう。人数が多くて他人のダンスの回数をいちいち気にする人なんていない。でも、田舎では皆が事細かにチェックしているのだ。
彼は私との会話を”いい気晴らし”として面白いと思ったのか、エヴァンジェリンが棘のある態度を取ったので私に気を遣ってくれたか、そのどちらかだろうと思った。
「旧都のお店では、どのようなものを取り扱ってらっしゃるの?」
「色々ですね。服飾関係が多いです。各種服や装飾品のオーダーを受けたりしています」
「ねえ、お母様。次に私の服を仕立てるときはカエリムさんのお店でお願いしましょうよ。今日のお召し物だって上品で洗練されていて、さすが都会の方は違うわ」
「身に余るお褒めの言葉で恐縮です」彼は丁寧に会釈した。
――今日は「恐れ入ります」じゃないのね。
「久しぶりに旧都に行くのもいいわね、お父様に相談してみましょう」
「そうしましょうよ。旧都に行ったら、色々と案内してくださる?」
「ぜひお供したい所なのですが、あいにく店を離れることが難しいもので。ですが、観劇の席の手配や社交界へのご案内でしたらお役に立てるかと」
彼はにっこりと笑って答えた。
どうやら、一緒に行くのはお断りみたいだ。エヴァンジェリンが珍しく軽くあしらわれていて、私は意外に思った。彼はエヴァンジェリンに全く心動かされていないようだ。
彼は私の方に向き直ると尋ねた。
「アレックス嬢も旧都へ行きたいとお話されていましたね。どういった所に興味をお持ちですか?」
私が口を開く前に、エヴァンジェリンが先に答えた。
「あら、アレックスがそんなことを話していたの? 私は劇を見たいわ。演奏会もいいわね。あと、舞踏会にもぜひ行きたいし……」
「それでしたら旧都は最適な場所かと。アレックス嬢も劇や演奏会がお好きですか?」
彼が二度も私に聞いたので、答えないと不自然な空気になった。
「……確か、有名な植物園がありますよね。あと博物館とか」
「ええ、どちらも素晴らしいので一見の価値はありますよ」
「そうなの? なんだか旧都の華やかさを感じるには、ちょっと退屈そうじゃない?」エヴァンジェリンが口を挟んだ。
「旧都には華やかさだけでなく歴史もありますので。旧市街の建物を散策するのもいいものですよ」
エヴァンジェリンの笑顔が引きつった。
「建物を……散策するんですの?」
「ええ」
「ずいぶん、それは……変わっているのね」
「そうですか? 建築は実はかなり芸術寄りなんですよ」
芸術に興味のないエヴァンジェリンは口をつぐんだ。
「無料で芸術を鑑賞できるならお得ですわね」
私の言葉に母とエヴァンジェリンは呆れ、ヴィルは顔を背けて咳をした。
「……失礼しました」
もしかして今、彼は吹き出しそうになったのを誤魔化したのかしら。
エヴァンジェリンはいくら彼が案内してくれたとしても、さすがに建物を見るのは嫌だろう。
あの建物はいつ建てられたものだとか建築様式だとか、うんちくを語る彼の姿が容易に想像できて、私も思わず笑ってしまいそうになったので口元を引き締めて堪えた。
「つい長居してしまいました。そろそろ失礼しないと」
「アレックス、カエリムさんがお帰りになるから馬の準備をするように馬丁に伝えて」
「はい」
私は先に応接間を出て、厩舎に向かった。
「ビリー! カエリムさんの馬を連れてきて」
ビリーが厩舎から顔を出した。
「今、連れて行くよ」
「私も一緒に行くわ」
私たちは一緒に歩いて玄関ポーチへ向かった。
「いい馬だよ。旧都から来たやつはやっぱり違うね」
「馬まで、旧都だと違うの?」
「人は分かんねーけど、少なくともこの馬はそうだな」
屋敷の前に回って来たとき、ヴィルが玄関ポーチまで見送りに来たエヴァンジェリンに会釈をしている姿が見えた。エヴァンジェリンは館の中に戻っていった。
ビリーと一緒に歩いてきた私を見て、彼は意外そうな表情を浮かべた。
「はい、お待たせしましたー」
ビリーは誰にでもこんな話し方だ。
「アリー、手綱がそっちの金具に引っかかってるから外してくんない?」
その言葉に、ヴィルが口元が引き締まった。彼はゆっくりとビリーの方を向いてまじまじと見つめた。
「はい、外れたわよ」
「ありがと」
私たちの会話をヴィルは眉根を寄せて聞いていた。




