第6話 リンドレイ子爵家での舞踏会
しばらくしてエヴァンジェリンの発疹は無事に治まった。幸い、跡も残らなかった。エヴァンジェリンは自分が参加できなかったあらゆる社交の楽しみの埋め合わせを要求した。我が家で舞踏会をしろとお父様に駄々をこねたのだ。お母様もエヴァンジェリンの良縁のためにと言ったので、珍しくお父様が折れた。
噂のカエリム氏に絶対に会いたいというエヴァンジェリンの強い希望で、彼が旧都へ帰ってしまう前にと、舞踏会の日にちはかなり前倒しにされた。お父様は予期せぬ急な出費に機嫌が悪いし、お母様は招待客リストやら案内状やらに翻弄されていた。エヴァンジェリンは新しい衣装を作ると大騒ぎをするし、使用人たちは準備に大わらわだった。私だけが、特に何もすることがなく暇を持て余してレースを編んだり本を読んで過ごしていた。
招待客はカエリム氏と伯爵、我が家より低い爵位の貴族と旧家だけだった。目上の令嬢がいるとエヴァンジェリンの勝手に振る舞えないからだろう。
――完全にエヴァンジェリンのための舞踏会ね。カエリム氏も気の毒に。
でも、美人と評判のエヴァンジェリンに好かれたら男性は嬉しいだろう。少なくとも、悪い気はしないんじゃないかしら。美しいものは好きだって言っていたし。
舞踏会で彼はエヴァンジェリンに一回目のダンスを申し込んだ。招待主の長女だし、そうだろうなと予想していた。むしろ、エヴァンジェリンの機嫌が損なわれなくて良かったとさえ思った。それだけでなく、彼は二回目のダンスを私に申し込んだ。次女にも気を使う彼の細やかな配慮に感心した。
エヴァンジェリンと踊る彼は優雅だった。
なんでもそつなくこなすのね。そんな気はしたけれど。さすが旧都から来た紳士だわ。
一体どんな話をしているのか分からないけれど、エヴァンジェリンは満足そうに笑っていた。一方の彼は、例の食えない笑顔を浮かべていた。私のことさえ妖精と言った彼のことだから、きっとエヴァンジェリンを女神とか王女に例えて褒めたんだろう。
お父様は招待客を迎え終わるなり、早々にカードゲームをしに別室へ向かった。お母様がその姿を見て眉をしかめたけれど止めはしなかった。せっかくエヴァンジェリンのために頑張っているというのに、協力するつもりのないお父様の姿にちょっとお母様が気の毒になった。
一曲目が終わりに近づいたので、私はカエリム氏とエヴァンジェリンの近くで自分の番を待った。
ダンスの始まりにお互いにお辞儀をするなり、私は独り言のように言った。
「ドレスが裂けたりしないか心配だわ」
「……どういう意味ですか?」彼は当惑したように言った。
「私のドレス、エヴァンジェリンのお下がりなの。だからあまり動いたら裂けるかも」
「あなたの方が姉上より背が高いのでは?」
「そうよ、だから袖も裾もちょっと足りないの」
「……お姉様が仕立てられるときに半袖か袖なしになさっては。その方が目立ちませんから。それに裾はレースなどを足せばよろしいかと」
私は思わず吹き出した。
「大変実務的なアドバイスをありがとう。でもお父様はケチだから、私にそこまでお金をかけるつもりはないんじゃないかしら」
「大した金額ではありませんよ、新しく仕立てるよりはるかに安上がりです」
「そうでしょうね。でも私にはお金をかけたくないのよ」
「……お姉様にはドレスを仕立てるのに?」
「そうよ」
「理解に苦しみますね」
「そう? エヴァンジェリンは美しいから」
「まさか、それが理由だとおっしゃるんですか?」
「私が勝手にそう思っているわけじゃなくて、お父様がそう思っているのよ」
「……まさか、そんな」
「あら、本当よ」
彼は困惑したように目を逸らした。
「エヴァンジェリンはね、どうしてもあなたに会ってみたかったんですって」
「旧都から来た男というだけでですか? その理論によると、郵便屋も姉上とダンスを踊ることになるんですか?」
「郵便屋さんは旧都から来ないでしょう。途中で引き継ぐんじゃなくて?」
「まあ、厳密にはそうですが、他所から来た男という点では同じですよ」
「他所からきた男性の全員とダンスをするわけではありませんわ」
彼はちょっと間を空けて言った。
「金、ですか」
「端的に言うとそうなるわね。でもそれだけじゃなくて、あなたが上品で素敵だっていうのもあるわ」
「彼女は財布とダンスすればいいですよ」
「私があけすけに言い過ぎたわね。どうか機嫌を直して。あなた自身の魅力もあるって言ったでしょう?」
「その魅力は、彼女自身が言ったんですか? それともあなたが考えて下さったのですか?」
彼の思いがけない追求に、私は返事に窮した。
「……誰もがそう思うはずよ」
そこまで話した所で二曲目は終わった。




