第5話 大商会の若旦那の妻候補
「それでカエリム氏、君のお眼鏡にかなう令嬢はいたかな?」
滞在先の伯爵が突然言った。
私は読んでいた本から目を上げた。
「……失礼、なんとおっしゃいました?」
「君の将来の妻となるに足る女性はいたかね?」
「お気遣い恐れ入ります。ですが、そのように決意してこちらに伺ったわけではありません」
「ああ、そうかい? ベルニエ男爵は良い人物だよ。兄がいるから婿には入れないが」
「……爵位に興味はございませんので」
伯爵は私の抗議を無視して続けた。
「リンドレイ子爵家は娘しかいないから、条件だけならいいんだが……」
「それ以外で、訳ありですか」
「子爵のカードゲーム狂いがね……あればかりは誰にも止められないだろうな」
「それは実際目の当たりにしました。あれでは、ご家族も苦労なさるでしょう」
「どうかな、妻は手をこまねいているようだよ。長女は何も考えていないし、次女は浮き世離れしている」
長女と次女?
「……御息女はお二人ですか? 先日の食事会では、お一人しかお連れになっていないようでしたが」
「それが次女だよ。長女は美人の誉れが高いが、中身があれではね」
「あれ、とは?」
「我儘だし空っぽだし、まあ父親と似たようなものだよ」
私は眉を上げて、同調とも反論とも取れない曖昧な相槌を打った。
「それに、次女も変わり者なんだ」
彼女がその次女だろう。軽やかにウェーブした藁色の髪。色自体は落ちついた灰緑色なのに、生き生きとした光を放つ瞳。いたずらっぽく笑う口元。そこから次々と発される冗談のような本音のような言葉の数々。
――確かに、変わっている。
まるで人にいたずらをして困らせる妖精のようだった。
『差別しないマナーのいい盗賊さん』
形容詞がくどいし支離滅裂だ。だが、なかなか独創的だ。
「貴族でなくていいなら、他の旧家の方がいいと思うよ」
その言葉に思考が途切れた。苦笑して伯爵に訂正する。
「ですから、そのようなつもりでこちらにお邪魔しているわけではありませんので」
「本来の目的が仕事だとしても、一石二鳥という言葉もあるよ」
「それは否定できませんが」
確かに、この地域に来たきっかけの一つは、母にこう言われたからだった。
「あなたもいい歳なんだから、そろそろ真剣に考えてもらわないと。旧都にいても良い相手が見つからないのなら、田舎の貴族なんていいんじゃないかしら? バルトは品のない人は嫌でしょう? それに、景色のいい田舎に屋敷があれば、引退したときに優雅に過ごせるわよ」
ずいぶん気の早い話だ。自分自身も引退していないというのに、もう息子の引退後まで考えているのか? それか、自分が田舎で過ごしたいからか? 少々自分本位な面がある母だから、後々息子を訪問するときのことを想定していても不思議ではない。
それが理由ではないが、悪くないかもしれないと思ったのも事実だった。試してみる価値はあると思った。だが、来てみればつまらない面々とつまらない話ばかり。
――結局、場所が変わっても人間は同じか。
早々に飽きて、舞踏会を抜け出した時に会ったのだ。あの風変わりな貴族令嬢に。うんざりして少し迷惑そうな態度が出てしまったのに、彼女はさして気に留めていないようだった。
しかし、庭でいきなり薔薇を素手でへし折ったのには驚かされた。しかも棘が刺さって痛いと言っていた。それはそうだろう。
理解力は悪くない気がするし、比喩表現や皮肉を正しく受け取っている。頭が悪いのか、良いのかさっぱり分からない。
――見極めたいものだな。




