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物語のような恋をあなたと 〜妖精は作家志望の現実家に愛される〜  作者: 井ノ上 杏
第四章 番外編

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番外編第2話 港町への小旅行

 きらきらと白く光を弾く水面。船の白い帆。灯台が湾の向こうに見える。


「ヴィル、海だわ!」

「ええ、海ですね」


 私たちは港町に来ていた。宿に荷物を置くと、私とヴィルは歩いて新しい支店の予定地を見に行くことにした。

「ここからの景色はなかなかのものですよ」

石段を登って、白い石壁の塀から海を望んだ。大きく息を吸い込むと、かすかにしっとりとした柔らかな空気が身体に入り込んだ。

「絵葉書の通りだわ。ずっと海が続いてる。海も空も青なのに、色は違うのね」

「遥か彼方では地平線と空が溶け合うのかもしれませんね」

「まあ、素敵な表現。さすがは作家さんね」

彼は微笑んで応えた。

 

 予定地は小綺麗な元貴族の別荘だった。大通りを少し入った小道に面した建物は白亜の石壁が美しかった。奥には中庭があって、更に奥にも建物が続いていた。

「手前を店舗にして、中庭の奥は住居にしようかと」

「噴水もあるわ。なんて綺麗なの」

「あなたはきっと気にいると思いました」

「気に入るどころじゃないわ。本当にここに住めるの?」

「もう手付金は支払ってます。……私には身分不相応かと思って躊躇していたのですが、あなたもいることだし」

「高かった?」

「少々予算オーバーでしたが、いいんです。その分の利益は必ず出してみせます」


「私もあなたのお母様みたいにお店に立ったほうがいい? 余計なことをしないように、止めておいたほうがいいのかしら?」

「余計なんてことはないですが、どちらでも。母はそれが好きなんですから。あなたも好きなようにしていいんですよ」

「上手くお勧めできるか分からないわ。でも、できることがあったらお手伝いはしたいの」

「無理に売りつけようとしなくて良いんです。私のことを世話してくださったり庭の手入れをしたり、たまにお客様に優しく話しかけてくだされば」

「あなたのお世話と庭の手入れがメインなの?」

「お嫌でなければ」

「嫌じゃないわ。楽しいことばかりでいいのかしら。仕事じゃないみたい」

「他にも何かお願いするかもしれません。これから忙しくなるでしょうし」

「そうね」


 ヴィルは何か意味ありげな眼差しで私を見つめた。

「なに?」

「これからあなたは忙しくなりますよ」

「支店の立ち上げだものね」私は怖気つかないように、目に力を込めて頷いた。

「いえ、それは私が力を尽くします」

「?」

「それが一段落したら、多分、あなたの番ですよ。もちろん、時期は考えますが」

「??」

「出産や産後の育児は女性にしかできないことも多いので」

「……ああ……」

「私とレイは年齢が離れているので、生まれたときのことを覚えているのですが、母がかなり大変そうだった記憶があります。もちろん乳母など手配しますし、私もできる限りのことをしますが」

「……」

「あなたは末っ子だから、自分より幼い子の世話には慣れてないかもしれないので」

「……気合だけはあるわ」

ヴィルは可笑しそうに吹き出した。

「それは……なんとも頼もしいですね」



 初めて目にする海産物の夕食を楽しんだ後、私たちは宿の私の部屋でくつろいでいた。

部屋の窓から昼に見た灯台の明かりが見えた。真っ暗な海と対照的に、家々の明かりが温かな光を放っていた。あの明かりの一つ一つに人が居て、家庭があって、物語があるのだ。そう思うと世界の広さを改めて感じた。


「ねえ、ヴィルは結婚した後もずっと敬語で話すの?」

彼は気がついていなかったという様子で口元を手で押さえた。

「なんというか、癖になってしまっていて」

「でも兄弟には普通に話していたでしょう?」

「そりゃそうですよ。だいぶ年下ですし」

「私、年下よ。しかも6歳も」

「あなたはエルより年下なんでしたっけ。エルは向こう見ずだから、あなたの方が精神年齢が上な気がして……。敬語は止めてほしいですか? 余所余所しいかな?」

「そういうわけじゃないけど、敬語じゃない時はなんだかいつもと違う感じがしてどきっとするの」


 彼はちょっと考えて、ぽつりと言った。

「ああ……普段との落差に思いがけず心が騒ぐ、というのはあるかも」

「そうなの、ときめくでしょ?」

「じゃあ、たまに敬語を使わないようにするよ」

「いい調子よ」私は手を叩いて満面の笑みを浮かべた。

「そんなに喜ぶ?」彼は可笑しそうに続けた。

「そうそう!」


 私の喜び様に彼は声を上げて笑った。

「こんな簡単に喜ばせられるなら、もっと早くやっておけばよかったな」

「しかもお金がかからないわよ、お得でしょ」

「すぐに勘定するのは貴族令嬢らしくないよ」たしなめるような視線をヴィルが向けた。

「うんうん、いいわね」

「ふうん、こういうのが好きなんだ?」

「ヴィルがするからいいのよ。いつも丁寧なのに、たまにふざけたり、ほんのちょっとぞんざいな感じになったりするのが」


「どういうのがレクシーは好きなの?」ヴィルは顔を近づけて私の瞳を覗き込んだ。

自分でも顔が熱くなるのが分かった。

「あの、それはちょっと……刺激が強いかも」

「この程度で? これからもっと私の違う面が出てくるかもしれないよ」

「でも、ヴィルは優しいから怒鳴るとか暴力とか、そういうことはしないでしょう?」

「そんなことはしないけど……ちょっとした意地悪くらいはするかも」

「手紙を横取りしたり?」

彼は困ったように眉を下げて笑った。

「違うよ、そんなのじゃなくて……泣いても手加減しなかったり、止めてって言われても簡単には止めなかったりするかもね」

「え!?」


 驚く私に彼は穏やかに片手を振って訂正した。

「いやいや、ひどいことはしないよ、絶対に。愛する人にそんなこと、できるわけがないだろう?」

「でも今……」

「大丈夫、そう言いつつレクシーも気に入ると思うよ」


 どこか不穏な雰囲気を感じつつ、言葉の意味を掴みきれないでいる私を引き寄せて、彼は優しく額にキスをした。

「言っても分からないと思うから、そのうち教えてあげるよ。……あと、さっき言ってたことだけど……」

「?」

「”只(ただ)より高いものはない”って言うからね、気を付けて」

ヴィルはあの例の笑顔を見せた。

次回は1週間後の投稿予定です。次回で番外編最終回です。

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