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物語のような恋をあなたと 〜妖精は作家志望の現実家に愛される〜  作者: 井ノ上 杏
第四章 番外編

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番外編第3話 本当の結婚式

「結婚式は二回しましょう」

エルストナーが久しぶりに夕食に顔を出し、カエリム家が勢揃いした機会にヴィリバルトが言った。


「レクシーの家族を呼ばないわけにはいかないから、一つは表向きの式にします。まあ、それは仕事と割り切りましょう。レクシーのことは私が全力で守ります。仕事関係もここでまとめて招待しようと思います」

普段無口な父親が口を開いた。

「人数が多くて規模が大きいのが良い式だと勘違いする人は多いから、そういう人たちにはちょうど良いよ」

ヴィリバルトは父親に頷いた後、レクシーを優しく見つめて言った。

「そして、それとは別にあなたの好きな人だけを集めて本当の式をしましょう。形式に問わられずあなたの好きなようにしていいですよ。レイに立会いを頼んでもいいかもしれない」


「俺はまだ資格がないですよ」レイフォードが言った。

「表向きの式では資格のある者を手配するよ。レクシーのための式では、資格より気持ちのある人にお願いしたいんだ」

レイフォードはまんざらでもない表情を浮かべた。

「別に構いませんけど。……ということは、俺は二回、結婚式に出席することになるんですか?」

「そうだ。レクシーが来た時にすぐに伝えなかったこと、まだ根に持ってるからな」

「……分かりました」


 それを聞いていたエルストナーが口を開いた。

「バルト、俺は建前のやつは出なくていいか?」

「そうだな、お前はレクシーの姉に狙われかねない。軍務でどうしようもないことにしよう」

「よし。本当の方は出るよ。面白そうだし。何と言っても、唯一の兄の晴れの日だしな」

エルストナーは片目をつぶってみせた。


*


 ”本当”の結婚式は、植物園の一角を借りてガーデンパーティーを開いた。レクシーはビリーと友人のセリーヌ、それに乳母のマーサを招待した。ビリーは婚約したクレアと一緒に来ている。ちょっとばかり早い新婚旅行を兼ねて、と旧都に招待したのだ。


「カエリムさん、すっごい豪華な宿でびっくりしました。ほんとにありがとうございます。アリー、お前の友達で良かったよ」

「ずいぶん現金ね」

「そういや、名前をレクシーにしたって本当なのか?」

「そうよ。婚姻の手続きの時に一緒に改名もしたの」

「じゃあ、アリーって呼べないじゃん」

「いいのよ、アリーのままで。アレックスじゃなくなっただけなんだから」

「え、そんなもんなの?」

「そんなもんよ」


 乳母はそれを聞いてクスクス笑いながらヴィリバルトに言った。

「馬車まで手配してくださってありがとうございます。孫が出産すると嘘を言って休みを取ってきましたよ」

「ああ、いいですね。そう遠くない将来、本当にそうなるかもしれませんし」

乳母はちょっと目を見開いた後、笑顔になった。

「それはそれは」

「レクシーがそうなったら、手伝いに来てくださいますか? ちょっと遠いところなんですが」

「ええ、ええ、もちろんですとも」

「ありがとうございます」


 豪華な軍服姿のエルストナーは珍しく口元に笑みを浮かべて酒を飲んでいた。

「簡略な式だから軍服でなくても良かったのに」ヴィリバルトが言うとエルストナーが答えた。

「これは俺の肌みたいなもんだから」

「だが、それは式典用の軍服だろう?」

「こんなときでもなきゃ着る機会がない」

軽そうに見えて兄弟で一番規律に厳しいエルストナーらしい答えに兄は微笑んだ。

「ありがとう」

「まだ”おめでとう”って言ってないぞ」

「じゃあ言ってくれ」

「おめでとう、バルト。末永く幸せに」

「ありがとう」

エルストナーはグラスを上げると、目を細めて笑った。


 レクシーの友人のセリーヌ男爵令嬢は興奮気味に言った。

「ねえ、あのカエリムさんの弟というあの軍人さん、とんでもない美青年ね」

相変わらず婿探しに忙しいセリーヌの姿にレクシーは苦笑した。

「エルストナーさんよ」

「燃えるような赤毛に金色の瞳だなんて、本当に強烈な印象を与えるわ。立派な軍服といい体格といい、まるで広場に立つブロンズ像みたいじゃない」

「近衛連隊の中尉なのよ」

「あの若さで? 将来有望ね。でもそれじゃ、きっとライバルが多いわね」

「旧都の社交界の花形だそうよ。かなり有名みたい」

「でしょうね。さっきから通りがかる女性たちが彼に視線を送っているもの。なんとかお近づきになれないものかしら」

「私が紹介してみる?」

「お願い、でもあまり”がっついた”感じにしないでね」

「努力するわ」


 レイフォードは小さな従姉妹のマルゴと演奏に合わせて踊ってやっていた。

「レイ、結婚式って素敵ね」

「これは本物の結婚式じゃないんだ」

「え? じゃあ、お芝居なの?」

「いや、本当の夫婦だけど」

「でも偽物なの?」

「”本物”という表現が悪かったな。正式な結婚式じゃないんだ。でも紛うことのない真の夫婦だよ」

「本当に愛し合ってるのよね?」

「そうだよ」

「じゃあ本物ね」

「そうだね」

「いつか、私たちも本当の結婚式できるといいわね」

「うーん……僕たちも自分の愛する人を見つけられたらいいね」


 件《くだん》の伯爵が宴の席にふらりと現れた。

「来てくださったんですね」ヴィリバルトが伯爵に歩み寄った。

「世にも珍しい”真の愛”とやらを見にね」

「お陰様で手に入れることができました」

周囲をゆっくりと眺めて、伯爵が言った。

「こういう式もいいね。どうも形式にとらわれるのは苦手で」

「ありがとうございます。私も形式ばったのは肩が凝ります。そうだ、良いブランデーがありますよ。ぜひご賞味ください」

「それはぜひ頂こうかね。おめでとう、お二人さん」

伯爵が立ち去るとレクシーが囁いた。

「あの方、外国育ちなんですって。田舎でも変わり者で有名なのよ」

「……それはお互い様かな」

「え?」

「いや、なんでもないよ」


 宴も終わりに近づき、ぱらぱらと招待客が帰り始めた。三兄弟とレクシーは椅子に腰掛けて休憩していた。

「バルトは怒らせると怖いですよ」レイフォードがレクシーに忠告した。

「私はレクシーに怒ったりしないよ」

「どうかな。レクシー、試しにバルトの本を投げてみろよ」エルストナーがけしかけた。

「そんなことしませんわ」レクシーは微笑んだ。

「私を怒らせるのは簡単だよ」

皆がヴィリバルトを見た。

「レクシーに浮気されたら激怒します」ヴィリバルトはその過激な言葉に釣り合わない穏やさで言い放った。

「……レクシー、危ないぞ。刀傷沙汰になるかも」

「刀傷沙汰……」レクシーは呆気にとられたように呟いた。

「嫌だな、私はそんなことはしないよ」

「本当かよ」

「刺すなら男の方にする」

「おい、レクシー、他の男に間違っても近づくなよ。絶対、バルトに誤解させるな。身内から犯罪者を出したくない」

「はは。冗談だよ」

「バルト、目が笑ってないです」レイフォードが言った。


 日が傾いた頃、最後の客を見送った二人は顔を見合わせた。

「すごく幸せな時間だったわ」

「最後まで残らずに中座してもよかったけれど。疲れなかった?」

「心地よい疲れ、というところよ。それに……」

レクシーは使用人たちが片付け始めた会場を見渡した。

「永遠に続けばいいのにって思うほど、本当に素敵だったから。最後まで味わっていたくて」

その横顔をヴィリバルトは愛しそうに見つめた。


「レクシーの思うようにできたかな?」

「それ以上だったわ、本当に夢みたいだった」

「それは良かった」

「夢はまだ続くわ。今夜は宿のとびきりの部屋を取ってくれてるんでしょう?」

「旧都が見渡せる、一番景色のいい部屋を」

「まあ、さすがカエリム商会ね」

「恐れ入ります、奥様」ヴィリバルトは優雅にお辞儀してみせた。


 その腕を取ると、レクシーは言った。

「旧都が見渡せるというその宿まで歩いて行きましょうよ、散歩がてら」

「この格好で?」ヴィリバルトが片眉を上げて問うた。

二人はいかにも新郎新婦という感じの華やかな出で立ちだった。

「そうよ、旧都中に知らしめるの。私たちが幸せだって」

ヴィリバルトは微笑んで言った。

「見せつけるのは品がないんじゃないか?」

「お裾分けよ、幸せの」

「ああ、それはいいね」

二人は腕を組んで夕暮れの旧都へ歩き出した。

これで番外編の最終回です。

書くのが楽しい二人でした。多分一番悩まず書けた物語だと思います。

星評価やレビューで反応をいただけたら、とても励みになります。

他の作品も世界観や登場人物がゆるやかに繋がっているので、併せてご覧いただけましたら嬉しいです。

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