第38話 レイフォードのミス
アレックスが旧都に来た数日後にヴィリバルトは帰ってきた。夕食の席でヴィリバルトは父親に支店視察の報告をした。
「店舗の候補は二箇所に絞りました。大通りの比較的新しい建物と、少し入った小道にある貴族の別荘だった美しい建物です。単純に人の流れを考えると大通りの方がいいのでしょうが、隠れ家的な質の高い感じを演出するのであれば、別荘だった建物の方も悪くないかと。個人的には歴史のある美しい建物が気に入りました」
「面積と建物の価格の詳細を後で教えてくれ」
「はい、地図と一緒にまとめてあります」
「助かるよ」
ひとしきり仕事の話が終わった頃にレイフォードが口を挟んだ。
「そういえば、この間レクシー嬢が店の前に来てましたよ」
ヴィリバルトの動きが止まった。
「レクシーが? ここに来ていたの?」母親が戸惑ったように尋ねた。
「二日前、いや三日前か。バルトが支店の候補を探しに行って留守にしていた間に」
「レイ、なぜ私に言わなかったの?」
「絶対に言うなって言われたので。それに以前急に帰られたので、突然来たり帰ったりする人なのかと思って。中に入ればどうですかって言ったんですけど、固辞されました」
「じゃあ、なぜ今、言ったのよ」
「ふいに思い出したからです。それにバルトに会いに来たように見えたので。だったら伝えておいたほうが良いかと思って」
「なぜ、それを早く言わない!」それまで黙っていたヴィリバルトが椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がった。
「レクシーが来ていただなんて……三日も前だって? なんてことだ……」呆然とした表情で髪を乱雑に掻き上げると、そのまま足早にダイニングを出ていこうとする。
「バルト? どこへいくの? まさか、今からレクシーのところに行こうとしてるの!?」
「そうです。レイが早く言っていれば、今ごろ向こうに着いていたのに!」
生まれて初めてレイフォードは長兄に睨まれて呆気にとられた。年の離れた兄は末っ子に常に甘く、怒られたことなんてほとんどなかった。ましてや憎々しげに睨まれるなんて。
「無茶よ、もう日が落ちているんだから馬車を走らせるわけにはいかないわ。事故に遭うか、強盗に襲われるか、どちらかよ!」
「バルト、アンナの言う通りだ。いくらなんでも今夜は無謀だよ」
父親の静かな制止にヴィリバルトの足が止まった。表情は一見静かだが、落ち着きなく握りしめたり開いたりする手は、彼の心情を如実に表していた。
「……明日の早朝に出ます。何が何でも行きます。……誰が止めようとも、絶対に!」
食事もそのままにダイニングを出て行きかけたヴィリバルトは、扉の前で振り返ると低い声で言った。
「レイ、あとで書斎に来い。レクシーの言ったことを逐一報告しろ。一字一句、正確に思い出してもらうからな」
「……はい」
足音も高くヴィリバルトが去ると、父親が口を開いた。
「あんなに怒ったバルトは久しぶりに見たな。昔、エルがバルトの大事にしていた本を二階から外に投げ捨てたとき以来じゃないか?」
「一体なんでエルはそんなことしたんですか」
「あなたと同じよ」
「うっかりして、本を投げ捨てたというんですか?」
怪訝そうに聞くレイフォードに母親は答えた。
「違うわ。バルトの本当に大事にしているものを見誤ったのよ」
レイフォードは空中を見つめた。これから書斎で待ち受けているであろうことを想像すると、さすがに気が滅入った。
「……なるほど……あと、普段温厚な人ほど怒らせると怖いということもよく分かりました」




