第37話 乗合馬車に乗って
初めて乗った乗合馬車は窮屈だった。仕事で向かう人や観光なのか子連れの人もいて、不慣れな私は浮かないようにと思ったけれど、私に注意を払う人はいなかった。椅子は木が丸出しだし、ビリーに言われてクッションを持参していなかったら大変な目に遭う所だった。ヴィルに会えると思うと異様に神経が立っていて、旧都へ到着するまでの時間はあまりかからなかったように思えた。
朝一番の馬車でやってきたので、金属の格子は上がっているものの店はまだ開いていないようだった。私は通り越しに中の様子を窺った。
――ヴィルの姿が見えたりしないかしら。
ビリーから借りた観光ガイドでそれとなく顔を隠しながら店をちらちらと見ていたら、急に声をかけられて私は文字通り飛び上がった。
「レクシー嬢、何をしているんですか」
澄んだ声音に恐る恐る振り返ると、紺色の制服姿のレイフォードがいた。これから学校へ行くのだろう。
「あ、あら、偶然ですわね。一月ぶりかしら、お元気にしてらした?」
彼は私の挨拶には返事をせずにいきなり要点に入った。
「バルトはいませんけど」
嘘、そんな。いつも彼はお店にいるんだと思った。少なくとも自宅にいるはずだと思ったのに。
ビリーだって約束しなくても会えたと言っていたし。
あらかじめ手紙で確認すればよかった。でもいくら送っても彼から返事はないのだから、無駄なことだったろう。
「あの、いつごろお帰りになるかしら……?」
「帰ってきません」
「え?」
「新しい支店の候補地の視察に行っていて、あと二、三日は帰ってきません」
「……ああ、そうなの。お忙しいのね……」
体中の力が抜けた気がした。朝早くから慣れない乗合馬車で移動してきた疲れがどっと出てきた。
「中に入ったらどうですか? 母はいますし」
私は慌てて両手を振って後退りした。
「いえ! いいの、本当に。ただ近くに来たから寄っただけなの。あの……私が来てたってことはヴィルに内緒にしていてね」
「……なんでですか」彼は怪訝そうに片眉を上げた。その仕草がヴィルに似ていて、胸がきゅっと締め付けられた。
「どうしてもよ。お願い、私、もう踏んだり蹴ったりなの。どうか可哀想と思って言う通りにして」
「バルトに会いに来たんじゃないんですか?」
「……もう、言わせないで……」私は俯いて弱々しく答えた。
彼は私の様子に拍子抜けしたようだった。
「俺はもう行かないと。授業に遅れるので」
「私のことは気にせず行ってちょうだい」
彼は急ぎ足で立ち去りつつ、こちらを振り返って言った。
「母なら上にいますよ」
「大丈夫よ、ありがとう」
(本当にまずい。間に合わなくなる)
レイフォードはそれきりレクシーのことをすっかり忘れてしまった。
*
旧都に行ったけど何も変わらなかった。
私はただ旧都に行って、帰っただけだった。
何も食べず、何も買わず、何も見ることもなく。
移動時間のほうが旧都に滞在していた時間より長かった。
せっかくだから観光すればよかったのに。でも、そんな気力も体力もなかった。
思い切って行動してみたつもりだった。
――私、何してるのかしら。
行きと違ってがらがらの乗合馬車には、人の代わりに旧都から運ばれる荷物が沢山乗せられていた。
私は荷物の影でこっそり泣いた。




