第35話 『馬鹿と鋏は使いよう』
二通目のレクシーの手紙を受け取ったあと、彼女に手紙を出したが返事はなかった。
便りのないのは元気な証拠と言うし、上手くいっているんだと思いたかったが、あの父親では心配は増すばかりだった。
『手紙書けばいいんじゃん。時には考えずに動くのも大事だと思うけど』
ビリー改めウィルマーの言葉は真理を突いていた。だから試してみたのだが、現実は上手くいかないこともある。むしろ、その方が多い。なんとも世知辛いものだ。
私はため息をついた。
――別の方向から試すか。
ある夜、私は紳士社交館へ出向いた。玄関ホールで訪問相手について尋ねると談話室にいるとのことだった。
探していた伯爵は談話室の豪奢な椅子に腰掛けて、葉巻をくゆらしながら赤みがかった琥珀色の液体の入ったグラスを傾けていた。人はまばらだった。
私は伯爵に近づくと声をかけた。
「旧都にお越しと伺いまして、ご挨拶に参りました。滞在中は大変お世話になりまして」
「もっとゆっくりできればよかったのに、君は忙しいだろうからね」
「十分に美しい田園生活を楽しませていただきました」
「生き馬の目を抜くような旧都で生きる君には、刺激が少なかったかもしれないね」
「そのようなものでは……お邪魔しても?」
伯爵は頷いて、机の上の葉巻の箱を私に向けた。
「いえ、私は」椅子に腰を下ろしながら断る私に、伯爵が眉を上げた。
「君は葉巻をやらないんだったか、珍しいな」
「弟が幼少期に喘息だったもので、葉巻を嗜む習慣がないんです」
「優しい兄だね」
「恐れ入ります」
「それで、奥方候補は見つかったかい?」
「そう……かもしれません」
「それはおめでとう」
「しかしながら、世の中なかなか上手くいかないものですね」
「というと?」
「私はしがない平民でございますので」
「ああ、貴族が相手なのか。君の審美眼にかなったご令嬢は誰なんだい?」
「かの子爵のご令嬢です」
あの地域に子爵は一人しかいない。
「……あの長女かい?」伯爵は目を軽く見開いた。
「いえ、変わり者の次女の方です」
「ああ……いや、意外だったな、君が……。いいのかい、あの家は何の旨味もないよ」
「商人は時に、金銭的な見返りを求めないこともございます」
「真の愛というわけか」
私はその問には答えずに口角を上げて見せた。
「その真の愛のために、ご協力いただけませんか?」
「まあ、内容によるが」
「教えていただくだけでいいのです。『あの家は何の旨味もない』とつい今しがたおっしゃった、その意味を伺っても?」
「ああ……どうせ分かることだが、もう首が回らないはずだよ、あの子爵は」
「バカラですか」
「バカラだけじゃない、ありとあらゆるカードゲームだ。私を含め、貸しを作ってない紳士はいないんじゃないか?」
「もはや先祖からの病気だと聞きました」
「それを言った人物はなかなか見る目があるね」
「その変わり者の次女ですよ」
「そうか……ただの変わり者じゃないみたいだな」
「恐れ入ります」
つい、まるで自身が褒められたかのように答えてしまった。
「だからね、その点は考慮したほうが良いよ」
私は口元に手をやると考えた。
「そうですか……ですが、”何か”と鋏は使いよう、と申しますし」
「……どうするつもりなんだい?」
「子爵の借りは一介の商人に買える額でしょうか?」
「止めたほうが良い。君に買い取れたとしても、私を含めたほとんど全員に貸しを作っていて、その処理だけでも途方もない手間だよ。……それに、恐らく今回だけでは済まない。婚姻による親戚付き合いは一生のものだからね」
「年長者のアドバイスはありがたく拝聴する主義なのですが、判断は私にさせていただきたく」
「そりゃあ、君がどうしてもそうするというなら止めはしないがね」
「ご親切に対して生意気を言って申し訳ありません」
「いや……しかし、あまりにも無謀な賭けじゃないかね?」
「私は無謀な賭けはしない性分でして。むしろかなり勝算のある勝負と踏んでいます。それに……」
伯爵の問いかけるような視線に、私は口元を綻ばせて答えた。
「真の愛は私共でも取り扱っておりませんから。買えるのなら幸運なくらいだ、と思いまして」




