第33話 カエリム商会へ来たビリー
旧都ってめちゃくちゃ人が多いな。馬車も立派だし御者だっていい服を着ている。
俺とクレアは宿屋に荷物を置いて、早速通りを歩いていた。いかにも田舎者が都会見物に来たって感じだろうけど、実際そうだからどうしようもなかった。カエリム商会の場所は宿屋で聞いていた。宿の従業員がすぐ分かるってことは、旧都でやっぱり有名なんだろうな。
新市街の店並びの一角にある高そうな店がカエリム商会だった。
やばいな、本当に俺に買えるもんあるのかよ。
もし何も買えなかったら、アリーの手紙を渡すだけ渡して帰ればいい。開き直って店に入ろうとした俺の腕をクレアが心配そうに引いた。
「ビリー、こんな高そうな所に入るの?」
「一応知り合いがいるんだよ。アリーにそいつへ渡すもの頼まれてて」
「ああ、そういうことなのね」クレアは、ほっとしたように微笑んだ。
――これから俺は、お前にプロポーズしようとしてるんだよ。
全然気がついてないのか、気がついてないふりしてるのか。クレアならどっちもありえる。
店の前で何やら話し合っている俺たちに気がついた店員がガラスドアを開けた。
ポケットの中の名刺を出す前にあいつが俺たちに気がついた。あいつはドアを開けた店員に「いい、私が対応する」と言った。
「どーも、冷やかしにきたよ」
「遠くまでよく来てくれたな。徒労にはさせないよ。クレア嬢もようこそ」
クレアの名前まで覚えてるのかよ。一回話に出たかどうかなのに。
「俺は言われたこと、結構本気にするタイプなんで」
「奇遇だな、私もだ」
あいつは目を細めて口の端を上げた。
あいつはクレアに「旧都で流行している香水がありまして」と話しかけて、女店員にクレアを案内させた。
あいつと俺だけじゃ、きまずいじゃないか。
困惑していると、あいつは俺に小さな声で「予算は」と聞いてきた。
「えっと、こんくらい……」と俺は指で示した。
「それは銀貨か金貨か」
なめんなよ、こっちは人生の一大事なんだから。
だけど、『銅貨か銀貨か』と言われなかっただけマシかもしれない……。
「金……」
「わかった、見栄は張るなよ。このあと食事をしたり、どこかへ行くんだろう?」
「あ、そうだな……」
すっかり忘れてた。ここで一文無しになるわけにはいかない。
「なんて顔をしているんだ、彼女が不安になるぞ。安心しろ、素寒貧になんてさせないから。それにしてもずいぶん予算が多いようだが、何のプレゼントなんだ?」
わざわざ言いたくないが、プレゼントを選ぶためには正直に言わなきゃいけない。
「その……プロポーズ、すんだよね」
あいつは瞬きして、少し間を空けた後に言った。
「それは……そのような機会に来てもらえて光栄だよ。……ところで、君の正式名は何と言うんだ?」
なんだよ、いきなり。
「ウィルマーっす」
「そうか、ウィルマー君、こちらへどうぞ」
あいつはクレアと俺を丁重に案内すると、慣れた手つきで俺たちの前にいくつか宝飾品を並べてみせた。
「ブレスレットは仕事や家事のときに邪魔になってしまうかもしれませんね。耳飾りは他の装飾品に比べると外れやすいので特別な時に使われるのがお勧めです。日常的に使うには、指輪かネックレスがよろしいかと……仕事で服装の規定があっても身につけやすいですよ」
すらすらとよく出てくるもんだ。
「この金属は黒ずまないし錆びません。たまに布で磨いて手入れをすれば、永遠に輝き続けます。ウィルマー君のクレア嬢への想いのように」
俺が言ったわけじゃないのに、思わず顔が赤くなる。クレアが俺を見て微笑んだ。
「よくそんな小っ恥ずかしいことを平然と言えるな……」
「君の想いは恥ずかしいものじゃないだろう? むしろ尊いと思うが」
——『尊い』って、本気で言ってんのかよ……たぶん本気なんだろうな。
「そうだけど……言い方だよ」俺はぼそぼそと文句を言った。
「言葉だからこそ伝わることもある。それに、女性は分かっていても言葉にしてほしいものだと思うが」
クレアがうんうんと頷いた。
分かるような、分からないような。
「……そういうもんなのか?」
「年長者のアドバイスは聞いておいて損はないよ、必ずしも従う必要はないが」
一応俺に選ばせるんだな。まあ、そう簡単に言いなりになんてならないけど。
クレアは細い金色のチェーンのネックレスが気に入ったみたいだった。ところどころにキラキラ光る粒みたいなのがついてる。
「これが一番素敵だと思う」
正直俺にはよく分かんないけど、クレアが気に入ってるならそれでいい。
「いいんじゃない? 俺が買うよ」
クレアは目をきょろっとさせて「こんなにいいものを?」と聞いた。いいの? という感じはあったけど、驚いた様子はなかった。
「いいから、また香水でも見てこいよ」
クレアは大人しく他の売り場を見に行った。
――感づいてんな。クレアのやつ。
まあ、あの様子ならOKってことなんだろう。俺はまんざらでもない表情で会計を済ませた。店員に包んでもらっている間、あいつが少し離れたところから微笑んでるのが見えた。
おい、余裕そうだけど、今度はあんたが居心地悪くなる番だからな。




