第32話 ビリーに手紙を託す
「え、手紙?」
厩舎で馬の世話をしていたビリーに私は説明した。
「そう、私の代わりに郵便を出してほしくて」
「家から出さねーの?」
「お父様が……」
ビリーはうんざりしたような表情を浮かべた。
「げー、郵便さえ好きに出せねーの? アリーって庶民よりよっぽど自由がないんだな」
「……そうかもね」私は目を伏せた。
「まあ、いいよ。そんくらいやってやるよ」
差し出されたビリーの手に私は手紙を乗せた。
「ねえ、手、綺麗? 汚さないでね」
「それが人にものを頼む態度かよ」
ビリーは裏返して宛名を確認した。
「へー、カエリム商会に出すの?」
「ちょっと、見ないでよ」
「無理だろ、俺が出すんだから。え、アリーってあの男と付き合ってんの?」
「違うわよ! 勝手に決めないで。これはただのお礼状なんだから」
「ただのお礼状なら、こそこそする必要ないんじゃねーの」
「こそこそしてないってば」
「別にいいじゃん。あの男だって嫁探しにきたんだから」
「……あなたも、そう思うの?」友人のセリーヌの言っていた言葉が脳裏をよぎった。
「こんな田舎にあんな澄ました男が何しに来るんだよ。貴族とか上流階級の娘から嫁候補を選びに来たに決まってんだろ。アリーのこと気に入ってんだと思ってたけど」
「……気に入ってなんて……」
「あ、お前、あいつのこと嫌いなんだっけ?」
「嫌いなわけないでしょ」
即答した私に、ビリーは意外そうな表情を浮かべた。
「旧都にいたとき、すごく親切にしていただいたのよ。体調が悪い私のお世話をしてくれたの。迷惑そうな素振りなんて一切しないで」
興奮気味に早口でまくしたてる私にビリーが言った。
「そりゃ好きな女なら喜んで世話すんじゃないの?」
「だから、好きとかそこまでじゃないってば」
「そこまでじゃないって、あいつがそう言ったわけ?」
「そんなこと、言うわけないじゃない」
「じゃ、分かんないじゃん」
「好かれてるかどうかも分からないでしょ!?」
「あー、はいはい。っていうか、カエリム商会なら俺が直接持ってってやろうか?」
私は目を丸くしてビリーに尋ねた。
「ビリー、旧都へ行く予定あるの?」
「俺だけじゃない、クレアと一緒に行くんだ」
「二人で? ちょっと遠いんじゃない? 日帰りで帰ってこられる?」
「旧都に泊まるに決まってんだろ」
「ええ!? 結婚前なのにいいの?」
「……アリー、いつの時代に生きてんだよ。貴族って化石みたいだな。俺らはお互いの家族公認なんだから、ちゃんと許可とってりゃいいんだよ。それに……今回買いに行くんだ、その、プロポーズのプレゼントをね」
「ビリー、あなた、クレアと結婚するの?」
「まあね、そのつもり」
私は感嘆の眼差しでビリーを見つめた。
「まあ……おめでとう。すごいわね、まだ若いのに」
「まだ本決まりじゃないけどな。それに別に早くないよ、俺の友達なんて今度子ども生まれるやつだっているし」
私と同じ年くらいの人に子どもが生まれるなんて、想像もつかなかった。
「村って早いのね……」
「俺らからしたら、貴族とか上流階級が異常なだけ。あの男だって、村であの年で独りでいたらよっぽど訳ありだと思われるんじゃないか?」
「仕事で忙しいのよ」むっとして、私は言い返した。
ヴィルだって全然何も無いわけじゃない。色々……経験してきてるんだから。それを思うとすごく複雑だけど。
「ま、そうだろうな。お貴族様の世界の方が俺にはよっぽど変だね」
ビリーの言う事は分かる気もした。私たちの方が取り繕ってばかりで裏表があって、変な世界なのかもしれない。村は村で色々な人間関係があるのだろうけど。
でも、そんな人ばかりじゃないわ。そう、たとえばヴィルとか。彼は真心がある人だから。
「とにかく手紙をよろしくね、ビリー。上手くいくと良いわね」
「お前もな」
私はビリーをじろりと睨んだ。ビリーは素知らぬ顔で仕事に戻った。




