第31話 押し花の色は変わっても
家に帰ってきてから、私はあまり家族と過ごさないようにしていた。特に父や姉と一緒にいると、ヴィルが少しずつ築いてくれた私の中の勇気や価値観が次第に失われていってしまいそうで、それをなんとか守りたいと私は思ったのだった。
私、家を出て自立できるかしら。
家庭教師はどうだろう? レイフォードには教えるどころか教えてもらうことになりそうだ。エルストナーはもう軍人として立派に独り立ちしているから、一般的な基礎知識の勉強など必要としていない。そもそも彼は年上だ。
そこまで考えて、気づいた。
――なぜ、私がカエリム家に入り込む想定なの?
そうじゃなくて、自活するための方法なのに。なにも旧都でなくてもいいはずだ。でもできたら旧都、しかもヴィルの近くだったらいいなと思ってしまう。
ヴィルの手紙は言葉を飾り立てていないけれど、彼の思いが伝わる。作家になりたかったという彼は、文章を書く能力というより心を伝える才能がある。彼の手紙は私にとってどんな著名な文豪の本より貴重なものに思われた。
私の本棚をあなたの物語で埋めたい。
どんなものが好きで、どんなことを考えているの?
全部、知ることができたらいいのに。
彼は言っていた。すごく好きなものも、すごく嫌いなものもないんだ、って。人に対してもそうなのかしら。
彼が理屈抜きに女性を恋い焦がれる姿は想像がつかなかった。嫉妬とか独占欲とは無縁な、大人の落ちついた雰囲気で穏やかに愛しそうだ。私のこともやや好感をもっている……くらいかな。嫌われているとは思わない。でも、すごく好きってわけではなさそう。
押し花にした月見草の淡いピンク色は、乾燥したら濃くなって紫がかっていた。
カップのような形の立体的な花は上手く平らにできなかった。ばらばらになった花びらは縁の真ん中が少しくぼんでいて、ハートの形に見えなくもなかった。私は一番綺麗な花びらを丈夫な厚紙に載せて、上から薄く透ける紙を貼り付けた。
2つ目の栞に添える手紙には、こう書いた。
『昼に咲いても月見草の美しさは変わりません。
押し花の色が変わっても、私の思い出は色褪せずに残っています』
私は目を伏せて、小指にはめた指輪に唇を寄せた。
――これは、私のお守り。
ヴィル、私が自分の力で立てるように導いて。どうか見守っていて。




