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物語のような恋をあなたと 〜妖精は作家志望の現実家に愛される〜  作者: 井ノ上 杏
第三章

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第30話 レクシーからの手紙

 ある朝食の席、運ばれてきた郵便物を私が確認しているとリンドレイ家からの礼状が届いていた。中にはリンドレイ夫人からの薄い封書とレクシーからの封筒が二つ入っていた。

私はまずリンドレイ夫人からの封筒を開け中身に目を通した。想像通り、簡潔でありきたりな内容だった。私は同じテーブルに着いていた母にそれを渡した。


「リンドレイ家から先日の礼状が来ました」

急に迎えに来た子爵の話を後から聞いた母は呆れ返っていたので、少し眉根を寄せてそれを受け取った。

「……子爵夫人からなのね」

「子爵が自分で礼状を書くような人物なら、そもそも病気の娘を置いていったりしませんよ」

「そうだったわね」

素早く礼状に目を通すと、母は私に言った。

「これ、取っておいた方がいい? 本心としてはすぐにでも捨てたいのだけれど」

「捨てて構いませんよ。ただの社交辞令ですから」

母は自身で言った通り、その礼状を屑籠に放った。


 私はレクシーからの二つの封筒の宛名を確認した。

「これはレクシーからです」その内の一通を母に手渡した。

「私に?」

「カエリムご夫妻へ、と書いてあります」

母は受け取って中の便箋を開いた。読み進めるにつれ眼差しが柔らかくなった。

「……本当に親子なのかしら」

「私も聞いたことがありますが、血の繋がった親子だそうです」

「バルトもずいぶん大胆なことを聞くのね」

「レクシーにですよ。子爵や夫人に聞いたわけではありません」

「レクシーなら悪く思わずに答えてくれそうね」


 母は私の手に残った未開封の封筒に目を向けた。

「それは?」

「これは私信なので」

「あなたに?」

「ええ」

母はそれ以上詮索しなかった。



 書斎の自分の机で私はレクシーからの封筒を開いた。


* * *


ヴィルへ


滞在中はご親切にありがとうございました。

ご家族の皆さんはお変わりありませんか?

あなたにもだけれど、皆さんにろくにお礼を伝えることができないまま、急に帰ることになってごめんなさい。

父のことは謝っても謝り足りないけれど、本当にごめんなさい。

あなたに嫌な思いばかりさせてしまって責任を感じています。

あなたのご親切をあだにするようなことばかりで、申し訳なく思っています。


でも、この手紙は謝罪文にしたくなくて、心からのお礼を伝えたいの。

あなたは体調の悪い私を助けてくれただけじゃなくて、心も救ってくれた。

本当にありがとう。


素敵な服もありがとう。田舎道で汚さないようにと思うと、なかなか着られないの。旧都みたいに綺麗な石畳の舗装された道だったらいいのに。

美術館も植物園も本当に素敵だった。あなたのお気に入りの図書館に案内していただけなくて、残念だわ。

できるだけ美しい図書館を頭の中で想像してみたけれど、きっと実物の方が何倍も素晴らしいでしょうね。


私にできることなんて大してないのだけれど、あなたは本を読むから栞なら邪魔にならないかしらと思って。

レースの部分は私が編んだの。本当よ、乳母のマーサにやらせたりなんてしてないからね。


では、お元気で。


レクシー


* * *


 私は口元が緩むのを堪えられなかった。別の机で発注書を確認していた父が問いかけるようにこちらを見た。

「いえ、何でもありません」

レクシーの手紙は最初こそ令嬢らしく丁寧な文章だが、どんどんと本心が現れて、最後はまるで彼女が実際に話しているような文面になっていた。彼女の声が聞こえるような気がした。


 封筒の中には、レースの縁取りが施された紺色の栞が入っていた。

レクシーが編んだのか。確かに意外……と言ったら彼女に失礼だが、細かな編み目に感心した。

店でレースに目を奪われていた彼女の姿を思い出す。


自分でも編むから、あの緻密さに驚いていたんだな。

あの価値が分かるのはなかなか目の付け所がいいと思っていた。それに、編むのにどのくらい日数がかかるのかと聞いていた。やはり彼女は技術だけでなく、かかる手間や労力に思考が派生するタイプだ。

帽子につけると言っていたが、おそらく自分でつけるのだろう。上手くつけられただろうか。その帽子を被った彼女と散歩したり、図書館へ連れて行ったりできたらよかったのに。


 私は小さくため息をついてレクシーの手紙を引き出しにしまうと、仕事に取り掛かるため書類を広げた。

レクシーは帰ってしまった。もう彼女の声がかすかに聞こえることも、書斎の扉を開けて可愛らしく顔を覗かせることもない。

その事実がつまらない書類をさらに味気ないものにさせるのだった。

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