第24話 立ち聞きは貴族の嗜み?
翌日の午前、私はお茶をもらおうとダイニングへ向かった。
若い男性の声とカエリム夫人が話しているのが聞こえた。
「バルトの趣味じゃないですよ。兄貴は年増もガキも好みじゃないんだ。いつも同じ年くらいで落ち着いた性格の、同じような階級の女じゃないか。貴族だなんて合うはずがないんだ」
「エル、言い方に気をつけなさい」
聞いたことのない声だった。カエリム夫人との会話の口調から察するにヴィルのもう一人の弟だろうか。しかし、思いがけない所でヴィルの過去の話を聞いてしまった。すごく興味はあるけれど、知りたくなかった気もした。ヴィルはずっと年上だし、あんなに素敵で優しいんだから当然といえば当然なんだけれど。
頭では分かっているのに、心が追いつかない。
――ヴィルは、どんな女性が好きなのかしら。
もう少し聞いてみたくて僅かに扉の方に近づいた。その瞬間、声の主はダイニングの開いた扉から差し込んだ私の影に気がついたようで、突然会話が止まった。私は立ち聞きを諦めて、今ちょうど歩いてきたふりをして部屋に入った。
そこには予想通りカエリム夫人と軍服姿の若い男性がいた。
私はにっこりと二人に微笑みかけた。
「お茶でもいただけたらと思って」
「レクシー、二番目の息子のエルストナーよ。旧都の私邸で一人暮らしをしているの。エルストナー、今お預かりしているアレックス・リンドレイ子爵令嬢よ」
「共和国近衛騎兵連隊で中尉をしております」
燃えるような赤毛の長身の男性だった。端正だが男性らしい美貌で、ヴィルともレイフォードとも全く違う、じっとしていられないというような動のエネルギーを感じさせた。一瞬向けられた、刺すような鋭い視線が怖いくらいだった。ついさっき私に気がついたのも、軍人なだけあって人の動きや気配に鋭いのだろう。彼の黄金色の瞳は獲物を探す猛禽類の目を思わせた。
――近衛連隊と言っても、ただのお飾りじゃないんだわ。
「夜会で着る服を取りに来たので、失礼」とエルストナーは無愛想にダイニングから出ていった。そんな息子にたしなめるような視線を向けていたカエリム夫人は嘆息をついて詫びた。
「レクシー、エルが無礼で本当にごめんなさい。あの子、カエリム家で唯一頭が足りなくて……外見はいいんだけど。いつかあの軽はずみな口のせいで痛い目を見るわよ」
上品な方なのに、すごい言いようだわ。
でも、もっと驚いたのはこの家では見た目でなく中身が重視されるという事実だった。私の家とは大違いだ。私の家なら美貌のエルストナーはチヤホヤされて、たしなめられることもなくなんでも肯定されるだろう。
そう、エヴァンジェリンみたいに。
「あら、何かおっしゃっていたんですか? 私は何も聞いていなかったです。聞いていたとしても、中尉はまだお若くて荒い言い方をしたがってしまうのでしょう。そのお気持ちは分かりますわ」
私はにっこりと笑いかけた。
(前にも思ったけど、この子、意外に強かだわ。さすが貴族社会で揉まれているだけはある)
カエリム夫人は感心してアレックスを見つめた。
「エルが手土産にお菓子を持ってきたの。ちょっと珍しいものなんですって。一緒にお茶にしましょう」
「まあ、素敵」
実はエルストナーの方が私より一つ歳上なことは、ヴィルからエルストナーの年齢を聞いた私だけが知っている事実なのだった。
――でも、それは言わないでおこう。




