第22話 子どもが大きくなると問題も大きくなる
店仕舞いした後、人気のない店内で帳簿の整理をしていたヴィリバルトの元に母親がやってきた。
「ねえ、バルト。余計なことだとは思うのだけど……」
「ならば、言わないでいただきたいのですが」
「でも言わせて」
ヴィリバルトは諦めたように母親に向かって小さく頷いた。
「あなた、レクシーが気に入ってるんでしょう?」
「まあ、そうかもしれませんね。ですが、ご要望どおり田舎貴族の御息女ですよ。次女ですが」
「あれはもういいのよ。そんなことよりも、あなたに幸せになってほしいから」
ヴィリバルトは帳簿に目を落とした。
「ならば、問題はないのでは?」
「レクシーだけなら問題はないわ」
「と言いますと?」
「もちろん父親の子爵よ。面倒で失礼な人物なんでしょう?」
「それは否定できませんね」
「結婚となると本人同士だけではどうにもならないことがあるのよ」
「でしょうね」
「カエリム家はまだいい方だったけど……それでも苦労したの。それ以上かもしれない苦労をあなたにしてほしくなくて。
あなたの選ぶ道を応援すべきだと頭では分かっているわ。でも、茨の道を行くあなたをただ遠くから見守ることしかできないなんて、そう思うだけで胸が痛くて……。
つい、レクシーがもっと普通の家庭の方だったらって思ってしまうのよ」
「その仮定は虚しくなるから止めましょう」
「あなたのほうが分かっていることだったわね。……親って子どもがいくつになっても心配してしまうのよ」
「心配されるのはあまり好きではないのですが、あの子爵を思うとありがたいと感じますね」
「あなたの判断力は確かだから……きっと上手くやるでしょう。あなたの行く先に幸運がありますように」
母親は静かに立ち去った。
*
ヴィリバルトはレクシーの言っていた言葉を思い出していた。
『本当に自分が嫌だったら、もっと卑屈になるもの』
彼女は自分のことが嫌いなのだろうか。あんな扱いを家族から受けていたら、自信を失っても無理はないが。屈託なく自由きままにしているように見えるが、彼女は自身の好みも本当の望みも見失っているようだ。
――思ったより手強いな、長期戦だ。
この労力が報われるかどうかは分からないが、たとえ自分への好意に繋がらなくてもレクシーが彼女自身を好きになれたらそれでいい。それだけでも力を尽くす価値はある。
美術館のコインを記念に取っておけばよかったかもしれない。自分は何度も行っているが、彼女と行ったのは初めてだった。嬉しそうにする彼女を見られたからあげたことは後悔していないが、形になるものが手元に残らなかったのが少しだけ惜しいような気持ちがした。
――今度は取っておこう。




