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物語のような恋をあなたと 〜妖精は作家志望の現実家に愛される〜  作者: 井ノ上 杏
第一章

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第2話 盗賊でも王子でもなく商人

 エヴァンジェリンの機嫌は良くなかった。熱は下がったが、今度は発疹が出てきたのだ。しかも全身に。もちろん顔も例外ではなく、自慢の顔に発疹ができた彼女の荒れようといったら、もう手がつけられなかった。

エヴァンジェリンを溺愛するお父様もさすがに機嫌をとるのにうんざりしたようで、例のお金持ちを囲む翌週のパーティーにはお父様と私が出席することになった。

お父様が好きなカードゲームが別室で催されるというのも大きな理由の一つだろうけど。


 パーティー当日、旧都のお金持ちが滞在している、とある伯爵の館に私たちはいた。招待客は我がリンドレイ子爵家、友人セリーヌのベルニエ男爵家と他にいくつか旧家もいた。近隣の貴族は皆、呼ばれているようだった。

そしてなんと、あの”マナーのよい上品な盗賊さん”もいた。彼が旧都から来た金持ちだったのだ。


――まずいわね。


 あの夜はずいぶん奔放に振る舞ってしまった。あんなこと滅多にしないのに。エヴァンジェリンも父もいなくて、つい開放感で調子に乗ってしまった。かと言って、今更どうしようもないので私はしれっとしていた。彼もまた私に全然反応しなかった。もしかしたら、気がついていないのかもしれない。あのときは薄暗くて顔があまり見えなかったし。


 食事会は和やかに終わり、父親世代の男性陣は別室でカードゲームをしに行った。残された女性と若者たちは、それぞれ楽器演奏に耳を傾けたり、おしゃべりに花を咲かせたりしていた。

誰にも聞かれていないと判断するなり、友人のセリーヌが率直に言った。


「ねえ、あの旧都からきた方、素敵じゃない? すごく上品な振る舞いだったわ。商人だって聞いたけど、全然そう見えないわよね。お父様のほうがよっぽど商人みたい」

「それはあんまりじゃない? セリーヌのお父様は娘思いの優しい方じゃないの」

「そうだけど、私が言いたいのはこんな田舎では滅多にお目にかかれない優良な結婚相手だってことよ」

「結婚相手だなんて、ちょっと気が早いんじゃないの? まだ会ったばかりでしょう?」

「何言っているのよ、アレックス。こんな田舎に旧都からあんな洗練された紳士が一体何をしに来るって言うの? 貴族や旧家から妻候補を探しに来たに決まってるじゃない」

「ああ、そういうことなの? でも、その割には全然がっついたところがないわね」


 私は前回、彼に会った舞踏会を思い出していた。彼はむしろ人を避けているように見えたけど。


「『がっついた』なんて、相変わらずすごい言い方するわね」呆れたようにセリーヌが言った。

「ビリー……友達の影響かも」

「あの馬丁の?」

「馬丁でもいいじゃない」

「そりゃそうだけど……ねえ、アレックス、あなたまさかビリーと……」

「すぐに何でもそういう発想にしないでよ、セリーヌ。ビリーにはクレアっていう恋人がちゃんといるのよ」

「ああ、そう。でも、くれぐれも周囲に変な誤解をされないようにね」

「誤解されるようなことなんて何にもないわよ」

「何もないところから噂が立つのが田舎の恐ろしいところよ」セリーヌは首を振って私に憐れむような視線を投げかけた。


 ちょうどその時、館の主である伯爵に伴われて”上品な盗賊さん”が現れた。

「レディたちにご紹介させていただきましょう。こちらは旧都からお越しのヴィリバルト・カエリム氏です」


――ヴィリバルト。古語で強さと勇敢さを意味する名前だ。


 確かに力強さを感じさせるので、彼の上品な見た目とは少し違う印象を抱かせるかもしれない。でも古風な響きが彼に似合っているように私には思えた。少なくとも私のアレックスよりはずっと良い。

彼はゆっくりと丁重に会釈したが、無関心と言ってもいいくらい、顔には何の表情も浮かんでいなかった。


「こちらは、アレックス・リンドレイ子爵令嬢とセリーヌ・ベルニエ男爵令嬢です」

私達も会釈を返した。セリーヌと並べられると、名前の男性っぽさが際立ってしまう。一人だけでいる時に紹介されたほうがはるかにマシだった。彼はこのあたりの景色をさり気なく褒めたり、いたって普通の会話をした。やっぱり先日の夜に会っていることには気がついていないのかもしれない。まもなく彼は伯爵に連れられて、他の人たちに紹介されていた。


 夜も更けたが、お父様はカードルームから戻ってこなかった。セリーヌは帰れずに待っている私に付き合ってくれた。

「お父様はまたカードゲームに入れ込んでいるんだわ」

「あと半刻待っても戻られなかったら、うちの馬車で先に帰りましょう。お父様はあなたの家の馬車に乗せてもらえばいいわ」

「ありがとう」


 あの盗賊さん、カエリム氏がふらりと現れた。まだ残っている私達に気がついて、彼は驚いたように少し目を見開いた。

「どうかなさいましたか」

セリーヌが快活に答えた。

「紳士の遊びが終わるのを待っているところですわ。あなたはカードゲームをなさらないの?」

「不確定要素の大きい、金銭の伴う遊びはあまりしませんね。日常でそのスリルは十分に味わっておりますので。……よろしければ、お父様方のご様子を見てまいりましょうか?」

「まあ、助かりますわ。ありがとうございます」

彼は部屋を出ていった。


「親切な方ね。カードゲームに夢中になっていないのも、好印象だわ」セリーヌが言った。

賭け事はしないのかしら。盗賊は大博打を打っている印象だけど。

思い出し笑いをした私に、セリーヌが怪訝そうに言った。

「なに? 急に笑いだしたりして」

「なんでもないわ」

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