第12話 商人を追いかける子爵家
毎日会っていたわけじゃないのに、彼の不在は思いのほか空白を感じさせた。もう会うことがないかもしれないと思うと、心が僅かに歪んで軋むような感覚を覚えた。あれは貴重な機会だったのね、もっと彼と会話しておけばよかった。
彼はお別れを言いに来たと言ったけど、私にしか会わなかった。エヴァンジェリンには会わなくていいと言っていたし、私に会いに来たということなのだろうか。
ビリーは名刺をもらっていたっけ。名刺の住所を教えてもらえば手紙を出すこともできるけど、急に彼に手紙だなんて違和感しかない。何か注文すれば一番自然なのだろうけど、私に自由になるお金などほとんどありはしない。エヴァンジェリンなら甘えれば買ってもらえるだろう。エヴァンジェリンにカエリム商会で買い物をするよう勧めてみようか。私は付き添いでもいいからと言って。馬車に乗るだけなら金銭的には負担が増えないし、きっと大丈夫だろう。
ちょうど好機がやってきた。
「次の舞踏会のドレスはどうしようかしら」エヴァンジェリンが言った。
「そりゃ、どこかで仕立てないとな」
私がねだったのだったら、お父様はこんなに簡単に受け入れないだろう。
「ねえ、先日こちらにいらしていたカエリムさんの所で仕立ててもいいでしょう?」
「カエリム?」
「旧都で有名な商会なのよ」
「とても上品な方でしたね。商人とは思えないほど洗練されていて、お召し物も上等で品があったわね」お母様も援護した。
――そう、それにとても思いやりと知性があって。
「そうか。エヴァンジェリン、気に入ったのか?」
「気に入ったというほどではないですけれど、嫌な感じはしませんでしたわ。それに、旧都に来たら劇場や社交界の手配をしてくれるって言っていたわ」
二人の言い方のほうが私はよっぽど気に入らなかった。なぜ偉そうに彼を批評するの。そんな権利もないのに。貴族ってだけじゃないの。それも、自分で労して得たものでもなくて、たまたまそう生まれたっていうだけ。
彼の上品な所作も深い思考も、彼自身の美徳なのに。子爵という貴族の称号が彼の人間性を上回るなんて、私にはとても思えなかった。
いつもああだこうだと文句をつけるエヴァンジェリンが珍しく気に入った様子なことと、お母様の後押しもあって、早々に皆で旧都へ行くことになった。私は完全におまけだけれど、彼にまた会える可能性ができたのは単純に嬉しかった。




