まとめ本題ラスト・おわりとテーマの関係
えー、まとめもこれで一応の"おしまい"とさせて貰おうかなと考えて、ラストの項目を。
まとめと称して、今までに、小説を書く手順を記してきましたが。
まずは最初の段階。
《下準備のマーケティング》
現状、どんな作品に需要があるのか、飽和している分野を探って、アプローチの方向性を決めるという事を書いてきましたね。読者の傾向をある程度は意識しないといけない、という点に注意。
《構想》
マーケティングを元に、自分が書きたい事をどのようなストーリーに落とし込めば興味をもって読んでもらえるか、という具合に計算ずくで考える事を書きましたね。小説は数学的側面が強いっすよ。
《ネタ整理》
設計図ですな。テーマを明確に、ストーリーを確立し、どのような仕掛けを組み込むのかを整理しておくという事を書きましたね。頭の中に、「このイベントの後でこのイベントが起きて、このイベントにつなげて、ラストへ突入して、」という具合に"あらすじ"が出来上がってますかね。
《執筆》
個性の出し方。自分なりの書き方が確立されていますかね。文章に特徴があるとか、作品の雰囲気が独特だとか、そういう、作者だけの色合いがあるのがベター。だからテンプレ使うなっていう話ですね。
《仕上げ》
物語の終盤。
今回は、この最後の仕上げのお話しをば。
終盤、エンディングっていうのは物語の着地点ですな。
数学でいうなら、等式でなくてはいけないわけですよ。『(X=2Y)=(1/2X=Y)=5』という具合。
このXやらYやら=やらが序盤から終盤にかけての小説部品であり、ラストの5が文字通りのラストなわけ。
一貫しているテーマがあり、そこへ収束していく過程があり、過不足なくイコールで結ばれねばならない。
この計算式が、ラストで小さくなると物足りなさに、大きくなると物語が分解してしまう、というワケ。
読後感に密接に関連していくものですよ。
一貫したテーマを作るということも、設計図であるプロットを用意した方がいいということも、終盤からラストへの物語の収束が難しいから、という事だよ。
たんに終わればいいんじゃない、読後に何かを残さなきゃいけない。
なぜそう言い切るかというと、読んでそれきりになる作品は、その作者も覚えてもらえないからだね。
覚えてもらうことが、ファンになってもらう事の、第一歩だからね。
自分のウリがどこにあるかを探ることにしても、個性を探すことにしても、その目的は"付加価値"なわけだ。
作者だけのオリジナルな点を、他にはないと「読者が判断」してくれた時、その点は"価値"となるわけだ。
作者や作品の価値を見出し、"価値"として評価を付けることが、読者が作品を読む"醍醐味"の正体なわけだよ。
ブランドになる、ということだ。
プロを目指すという事は、この"ブランド"を確立するという事に他ならない。
だから、似た話では勝負にならない、テンプレを使っているようじゃ駄目だ、ということなんだ。
それはラノベだとか一般向けだとかは関係なく、また、小説のみでなく、音楽でもイラストでも同じだ。
アーティストを名乗るに必須のことだ。
これが、いわゆる『オリジナリティ』という事の意味だね。
そう考えると、「他を真似ずに話を考え」「筋道をきっちりと決めて」「メッセージ性を織り込み」「過不足なくまとめ上げる」という行程をすべてこなせるということは、案外と"誰にでも出来ること"ではないだろう。
大工さんは、最初から何でも作れたわけじゃない。研鑽を積み、勘を養ってきた経験の賜物で、簡単に棚くらいなら作れるようになったのだ。ドシロウトには家など建てられない。
小説家にしても、先にあげた4つを意識して書いてきた者と、なんとなく書き綴ってきただけの者を、同列に並べるのは愚かだ。
けれど、修行をすれば誰でも大工になれるように、練習法さえ間違えねば、おそらく誰でも作家になれる。
(まぁ、それでも天性の不器用とか、どんなモノにも向き不向きはあるだろうが)
運よくデビューのチャンスを掴んでも、鍛練してきていなければ、すぐにメッキは禿げるのだ。
一発屋というのは、なにも芸人だけに限った話じゃないことを肝に銘じておいたほうがいい。
そう、あと必要なのは、デビューのチャンス、"運"だけだ。
チャンスが巡ってきた時に慌てふためかずに済むように、気付いた時からでも意識を変えたらいい。
なんとなくで書き続けていたって、成長などしない。
中級者が頭打ちになるのは、なんとなくで書き続けているからだよ。
計算して書いてみよう。
ラストで読者に何を与えられるか。
その為にテーマを決めたんだから、ラストで綺麗に「オチ」を付けよう。
すべての行程はその「オチ」の為にある。
これで一応の終了としておきます。(笑
もうちょっと解かりやすくしたものを番外で上げるかも、です。
後日に、付けたし項目など増えるかもですが、それはまたそれで。
長らくのお付き合い有難うございました。
個人的なお詫び:菅原 総さん、活報にお越しください。




