ダチと友人。
川上恭吾はコーヒーを頼んでも絶対にブラックでは飲まない。
ミルクも砂糖も山のように入れる。
それは決してブラックが飲めないとかそういうストレートな理由ではないし、コーヒー1杯の価格に砂糖とミルクの価格を付加しまくろうみたいな迂遠な理由でもない。
では何故そんなことをするのかといえば、
「ポーションミルクと角砂糖でしか出ない味があるだろ」
きっと、一生理解できない理由だったりする。
「カフェラテやカフェオレなんてもってのほかだ。何しろポーションはコーヒーや紅茶に入れるために作られてるんだ、つまりこれが一番純粋にコーヒーや紅茶に入れられるべきミルクってことだ」
喫茶店やコーヒーショップのミルクがどのようにして選ばれているのかなんて知らないから、この圧倒的な屁理屈に俺が言えることは多くない。
そのなかから、最も俺の意見に相応しいものを選び取ってそのまま口にする。
「あっそう」
同じに頼んだコーヒーに、角砂糖1つとポーション1つを加えたとても健全なコーヒーに口をつけると窓の外に目を向けた。
ここにこいつを呼び出したのは珍しいと思われるかもしれないけれど、俺自身だった。
呼び出した相手を放置する形で外の流れる人並みを見つめる俺を見たら、由利亜先輩あたりは優しくも厳しく咎めてくることだろう。「聞きたいことがあるんでしょ?」と。
そうだ。
俺はこいつに聞きたいことがいくつかあって、仕方なく休日を返上する形で駅前の喫茶店にいる。
普段なら由利亜先輩に耳かきでもしてもらいながらテレビを見ている、日曜の昼前。昨日の夜から憂鬱で、寝る前には由利亜先輩の太ももに埋もれながら人生を憂いたものだった。
いや耳かきも太ももに埋もれるのも、やられた結果であって俺の行動によるものではないのだけれど。
何から聞いたものか。と、あたまの中にある質問リストを選別しながら、
「そういえば……」
と、ふいに口から漏れる。
決して川上に向けた言葉ではなかった。そして長い付き合いの川上もそれをわかっている。
脳の領域を整理するときの悪い癖。思考と記憶の混じったところで思い出したことを口に出してしまう。
俺の癖を知っている川上は、加えていうならば俺の聞きたいこともある程度わかってここにいる。ゴシップ川上の名はダテではないのだ。
「どれから聞きたい? 宮園唯華のその後か、鷲崎正造についてか、それとも山野一樹の目的か?」
そのどれもが確かに質問しようとしていた内容だった。
宮園唯華には家がない。起こしたのちにあの後輩がどうなったのかは案じるにあまりあった。手を貸すという選択肢を選べなかった手前、あまり直線的に聞けることでもないのがキモだ。
正造氏は翌日には目を覚ましたと聞いている。病院での検査が待っているとも聞いたが、結局のところあのモヤモヤがなんだったのかも、なぜあんなふうだったのかも、なぜ治ったのかも俺にはいっとうわからないのだった。
そういうあれやこれや全てに関わりちょっとずつ厄介にしている我が兄の目的も、等しく気になるのは全く道理ではないかと思う。
しかし。
だが。そう、バットだ。
「それも確かに気になるけど、俺はお前ならもっと踏み込んでいるんじゃないかと思ってるんだよ」
窓の外を見たまま言う。
気が急いているのを悟られまいと、気持ち言葉をゆっくり発するように意識する程度の緊張をもって。
川上から薄ら笑いが消えるのがわかって、俺の緊張が伝わったのも悟る。
結局台無しで、意味がなかったのは理解できたから数少ない友達の方を見て、一番聞いてみたいことを尋ねることにした。
「俺の父親、上守衛がいまどこでなにをしているか、しってるか?」
聞くまでもなく、俺はこの問いの答えを知っていた。
「ああ、もちろん」
そう言って、川上恭吾は笑う。
こいつはいつだって、誰も知らないことを話す時が一番楽しそうに。
:*:*:*:
「それじゃあやっぱり、次元の壁を越えたって言うのは本当だったんだ?」
弓削さんはユウちゃんの作った羊羹をひとかけ食べながら聞いてくる。
「本当だったのかどうかは俺には断定できないけど、親父の直接の知り合いと、情報ソースの怪しい友達の言うことを信じるなら、どうやら同じことを言う人間がふたりいるらしい、ってところかなぁ」
「でもその怪しい情報ソースの人は、信頼に値する情報源なんですもんね?」
まあ、そうなんだよね。
俺はユウちゃんの質問に唇を曲げると言う曖昧な返答をする。
「わたしも会ってみたいです、その川上さんと言う方に」
「それはどうして?」
ユウちゃんの無邪気な笑顔に俺は聞く。
「だってたいちさんが友だちって表現する人って川上さんだけですよ? それってたぶんすごいことなんじゃないかと思うんです」
いや、そんなことないと思うけど。弓削さんのこともちゃんと友だちだと思ってるよ? 弓削さんが思ってくれてるかわからないから怖くていえないだけで……。
「まあ、山野くんと私は友達っていうよりは助け助けられの関係って感じだもんね」
ほら。あぶねえ。一人で勝手に友達だよね〜とか言ってたらめっちゃ痛いやつじゃん。
「わたしはお嫁さん候補がいいです!」
「採用!」
「………………」
俺はお嫁さん候補の一親等がスマホに手をかけているのをみて、
「───と思ったけど保留で!」
ぎりぎりの方向転換を試みた。
「たいちさん弱い……」
法と国家権力に勝てるものなどいない。
静まり返った室内で、弓削さんが渋々と言ったふうに口を開く。
「それじゃあ、山野くんのお父さんはいまこの次元にはいないの?」
話を戻してくれるらしい。
俺はその優しさに甘えてユウちゃんと目配せすると、その話題に乗っかることにする。
「現状上守衛が観測されたというデータはない、っていうのが実際らしい。今のところ我らが父はほぼUMA扱いって感じ」
「私たちからすると、山野兄弟もしっかりそっち側だけどね」
「なんで俺まで?!」
ねえ、と姉妹で目を合わせると、「あれ、お兄さん来てたんだ?」とひょっこり顔を出したミナちゃんにまで、「ねえ?」とやって、なんのことやらな状態で、「そうだよねえ」とミナちゃんも同意する。
おかしいだろ。
美少女三姉妹がこたつに当たって羊羹を食べる風景を見て、なごむなあ、なんてやろうとしてふと我に帰る。
ミナちゃんがいるってことは弓道の時間が終わったということだ。
「まずい!!」
いろいろとわかったことがあったからと報告に来たのはいいが、夕飯までには帰ると言っていたことを完全に忘れていた。
時刻は17時を回っていた。
「あれ、今日は食べて行かない日?」
普段から、『お母さんが食べていけって』とか『今日はユウが気合い入れて作ってるよ』とか、なんかもうあまりにも食べていくのが当たり前になっていすぎて完全に長居していることを忘れていた。
15時前には来ていたはずだから、もう2時間はこうしている計算になる。
そもそも、同級生の女の子の家に入り浸っているのでさえおかしいのに、夕飯を食べるのが当たり前なんてことは異常事態でしかない。
俺の常識が狂い始めていた。
「うん! 今日はマジでまずい!」
「あぁ……」
弓削さんは察したように哀れみの目を向けてくる。
いや、なにも悪いことはまだしてない。まだ。
羽織ってきたパーカーと荷物を持って茶の間を出ると、ユウちゃんが台所から出てくる。
「由利亜お姉さんにこれ持って行ってもらってもいいですか?」
手渡された紙袋の中身は綺麗に竹の葉に包まれていた。
多分今日のおやつに出ていた羊羹だ。
「もらっちゃっていいの?」
「もちろんです。これでうまくご機嫌とってくださいね」
ふふと小悪魔が囁く。
「ありがとう……ユウちゃんは天使だよ……」
頭を二、三度撫でて、見送りに出てきた弓削さんに冷たい眼差しを向けられて、俺はその場を退散した。




