280話 スーパーヒーローにはなれない男の子。
弓削さんは白い何かのことを怪物と呼んだ。
斎藤さんは「敵」と。
たぶんこの二人にとってもこの存在は別個の認識なのだろう。
認識の相違はあれど、あれは俺含め三人から認識されている。つまり確かになにかいる。
俺には例えることもできない形状のないものだが、この二人にはきっとはっきりと見えている。
怪物として、あるいは敵として。
二人の認識に引っ張られて、俺の目に見える白い靄が形を変えることはないが里奈さんの目にも俺と同様の何かが見えるようになってきたらしかった。
「あの白いのが、なにか……?」
なにか。
なんであるのかは見る者によって変わる。なにか。
「太一さんが絡むと悪い方向に転ぶかもしれないと一樹さんは言っていました。どうやらそうなったようですね」
斎藤さんは兄を庇うためにこの事態を俺のせいにしようという魂胆らしい。いい度胸だ。
「山野くんのせいってわけじゃないですけど、これは想定外の厄介さかもしれません」
俺が斎藤さんへの反言を考えていると、弓削さんが庇ってくれた。
里奈さんがいるからか、人見知りは出ないらしい。
「やっかいって?」
唯一俺と同じ視点の里奈さんが弓削さんに聞いてくれる。
うん、と質問にどう答えるかを少し考えてから、
「山野くんのせいじゃないんだけど、多分力を吸いすぎてる。鷲崎さんひとり分ならなんてことなかったはずなのに、山野くんから吸った分が多分……」
やっぱり俺のせいだったらしい。
じろっと睨んでくる斎藤さんの視線が痛い。
里奈さんからも「うわぁ……」という声にならない気持ちが伝わってくる。
「違うから! 山野くんが抑えてなかったらもしかしたらもう死んでたかもしれないんだよ! だから……」
里奈さんの肩に手を置いて重ね重ね俺のことを擁護してくれる弓削さん。
斎藤さんは意見を変える気はないらしい。どれくらい嫌われているんだろう。
「ともかく、これ以上は鷲崎さんが持たないと思います。そもそもなぜまだ生きていられているのかわからないくらいですね」
俺の内心など知ろうはずもないが、なにかの力が増してしまったことは置いておいて話を先に進めることを選んでくれたらしい。
「そうですね。山野くん、手伝ってくれる?」
「それは、もちろん俺にできることがあるならやるけど」
邪魔くらいしかできないのでは……? という疑問。
「大丈夫だよ、私の力だけじゃ足りなかっただけだから。山野くんの神力も使わせてくれるなら斎藤さんが切れるところまでは持ってこられると思うから」
「そうなの? でもその神力? ってやつ、俺なんかので足りる?」
役立たずどころか今回はどうやら対処するべき相手に力をつけさせてしまったらしく、邪魔しかしてないのだが。
「山野くんの神力、私のよりずっと多いんだよ?」
言って正造氏の方へ振り返った弓削さんから手を差し伸べられた。
「使わせてくれるだけでいいから。必要なことは私がやる。でも、今後は力の使い方をおぼえてもらうことになるかな」
それは本当に珍しい、弓削さんからの俺へ向けた笑顔だった。
なんだか気恥ずかしくて目を泳がせてみたけれど、そんな場合じゃないことを思い出して差し出された手を取った。
「斎藤さんは少し休んでいてください。山野くん、行くよ」
弓削さんの指示に従って正造氏に歩み寄る。
ぐわっと白い靄が俺たちを包もうとしている。
「んー……やっぱり、蛇だよね」
「……?」
ひとりごとかと思って隣を見ると、弓削さんもこちらをみていた。
「見えない、これ?」
白い靄を指さして、弓削さんは言う。
「俺には白い靄が渦巻いてるようにしか」
「靄? そう、もやなんだ?」
うん、とうなづく。
「じゃあ、山野くんの方でやったほうがいいかな」
そういって、繋いでいた手を解くとそのまま俺の目を塞ぐようにして覆い隠す。
「目を瞑ったら深呼吸して、そのまま意識を私の手に」
「えっ、あっはい」
言われるがまま。
深く息を吸って吐き、目を覆う手を感じる。
「そう。そのまま」
生暖かい空気に包まれている。
しっとりとした、なにか。
弓削さんにはあの靄が蛇に見えていたのだろうか。俺にはついぞ形をつけてみることは叶わなかった。
となりからぶつぶつと何かを唱えるのが聞こえる。日本語のようで、そうでないような音。
唱え終わった瞬間、ズンッ!!! と、体が一気に重くなる。危うく膝をついてしまいそうになるのをどうにか堪え、再び深く息をする。
首筋をじっとりとした汗が伝うのがわかる。
ドッ、という畳を蹴る音がして、ふうという弓削さんの息を吐いた音が続いた。
「よし。おわり」
緊張感あの消えた声が俺の耳に届くと、目から覆いがとれる。
俺は目を開けようとして、
「あちょっとまった!」
バシッと弓削さんに顔面を押さえ込まれた。ほぼビンタだ。
「ああああああ……ッ!!」
すごい痛い。超痛い。
なんだろう、日頃の恨みだろうか……。
「ご、ごめん。でもいきなり目を開けたら危ないから」
「たぶん今の攻撃の方が危ないと思う」
「攻撃じゃないから……。ゆっくり、ゆっくり目を開けて」
言われて、恐る恐る左目をかすかに開く。
「うわッ!!」
声が出るほどの眩しさだった。
顔前の太陽を直視したような、光の中にいるような、そんな感じ。
目を瞑り直して再び挑戦すると、少し見えるようになった気がした。
「なにこれ、なんでこんなことに……」
「山野くんの体を守ってた分まで使っちゃったから、ちょっとの間は普段通りにはいかないかも」
「あの神力ってやつ?」
「うん。でもおかげで終わったよ」
「そんな簡単に……?」
聞きたいことがあったのに、俺の手を掴んだ手に阻まれる。
「目、見えないの? 大丈夫?」
里奈さんは今の状況をどれくらい理解しているのだろうかとか、自分の中にある疑問が尽きないことを理解して。
「疲れちゃったので、ちょっと寝ます。報酬の話はまた後日で……お願いします……」
床が畳でよかった。
そう思いながら、俺は文字通り倒れるように眠りに落ちた。




