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手札は揃っている。


 何度目かのフラッシュ。

 見えてなどいない。

 それは確かにいるはずなのに、それでもやはり在りはしない。

”忌まわしい ただ生きれば良いだけではないか 欲しがるだけであたえるきなどありもしない 烏滸がましいやつらが”

 握り込んだなにかから、聞こえるような、流れ込むような想い。

 この白い何かがそう言っているのだと思おうとしていた。

 これは多分、人への怨嗟。

 人から人への、持たぬものが持つ、持つ者への不満。

 だから関係ない。人でないものなど、いついかなる時だって。人に起こることはそのほとんどが、人の人ゆえの理由によるものだから。


 静かだった廊下から足音がする。


 二つの音のない歩き方には覚えがあった。

 しかし三つ目のそれには顔を見る前から驚いていた。ドタドタと、訓練された前の二つとは全く異なるそれにも、俺には覚えがあったから。

 そういえば三人と言っていた。

 弓削さんと、兄と司さんだと思っていた。

 しかし違う。あの兄に、この状況を打破できる能力は何もない。せいぜいが斎藤さんを連れてくることくらいだ。とてもではないがそれを解決能力とは言わない。

 それに、斎藤さんがくることと妖刀が来ることは分けて伝えられた。

 別口だったからだ。

 妖刀、少し前に縁があったが、あの刀はその道の人間にも名前がわからないものだった。であれば同一と考えるほうがおかしな話だ。

 最後の力を振り絞って手に力を込めた。

 とにかく弓削さんがきてくれたのだ、あとは任せても大丈夫だろう。

 俺はもう疲れた。

 ぶっちゃけ倒れそうなのをめちゃくちゃ我慢して立っていて、座り込んでしまうことすら憚るくらいには限界だった。

 足音が近づいてきて、扉の前に立つ。

 襖は開けっぱなしで、中を見た三人は多分こう思ったに違いない。

「…………鷲崎先輩……離れてあげてください……」

 コアラみたいに巻き付いた由利亜先輩を巻き込まないように、ふらっと倒れ込んだ。



:*:*:*:




 目を覚まして初めに見たのは巫女装束に身を包んだ弓削さんの背中。

 その隣で斎藤さんが刀を握っている。

 目の前に広がる光景はまさに一触即発といったところだった。

 俺はまだ体を起こしていないのに、なぜか二人の姿を視認できた。

 体を捻って支えてくれている人物に目をやると、二人と一緒に来たのであろう三好さんが俺を見下ろしていた。

「あ、気がついた? たいち君大丈夫?」

 はい、と差し出された手には見覚えのある水。

 俺は体を起こし、三好さんの隣に座ると水を受け取った。

 一口飲むと全身を包む倦怠感が、二口飲めば倒れた時に打ちつけた肩と背中の痛みがなくなっていた。

「ありがとう。でも、あの……なんで?」

 どうしてここにいるの? という質問をしてもいいのか悩んで質問自体が曖昧になるが、三好、じゃなかった、里奈さんは答えてくれた。

「今日は絢音がうちに泊まりにきてたの。それで電話がかかってきたと思ったらお父さんから刀渡されて……。なんでここにいるのかは正直私が一番わかってないと思う」

 妖刀は里奈さんの家にあったってことになるのかな。

「それでさ、あのふたりは何してるの?」

 なに、と聞かれると俺にもよくわからないのだが、

「里奈さんには何してるように見える?」

「え、なんで質問返し? んー? なんか、おじさんにお札貼ったり刀で刺したりしてるけど」

 刺したりと言われてパッと視線を向けると、たしかに刺していた。俺視点では白いモヤ越しにではあるが。

「綾音の家って特殊でしょ? だから、何かしらあるんだろうなとは思ってたんだけど、たいちくんの家も綾音ん家みたいなことしてるの?」

 まったくごもっともな疑問だった。

 だがご安心していただきたい、もちろん我が家はとても普通の家庭だ。

「お兄さんが有名人だから、ごく普通ってこともないか」

「いや、普通だよ。父と兄が有名人なだけで」

「でもお母さんも有名な人なんでしょ?」

「……まあ、言われてみれば、普通なのは俺だけかも」

 それを聞いて里奈さんはクスッと笑う。

「たいちくんが普通なら、今、腰に巻きついて寝てるのは私だったかもね」

 気づかないふりをしていた人物を指し示されて、俺は頭をかく。寝てるっていうか、これ気絶じゃないのか……? 弓削さんも見てくれてるだろうから、大丈夫だとは思うけど。

 とはいえ夜も更けて、丑三つ時である。

「ほんとにごめんね、こんな時間に呼び出したりして」

「全然、私は気にしてないよ。でも、そろそろ綾音たちの方にいかなくてもいいの?」

 言われてそちらを見ると、白い靄が薄まっているのを感じた。

「大丈夫みたい。ほら、そろそろ終わるよ」

 いうと、斎藤さんが正造氏から刀を抜いた。

 弓削さんも正造氏の頭から手を離してこちらを振り返った。

「山野君、これ無理だ」

 その一言は、想定外だった。




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