浮かれる心と釣り合っていく二人。
「もちろん知ってると思うけど、人間は二面体じゃない」
カレンさんは起きない正造氏を見下ろして言う。
顔を赤くした由利亜先輩は多分聞いていないし、美樹氏も耳に入っていないだろう。
「人は人との関わりの数だけ表がある。誰かに対して誰かとは違う態度をとるからだ。その時に用いる言葉もまた然り」
正造氏の体に手をかざし一通りの検分を済ませたらしく、俺の方に視線をよこした。
「君にも当然誰かとの、他人には見せられない思い出があるだろう。それは誰かにとっては嬉しく、誰かにとっては悲しく、誰かにとっては面白い」
右に左に視線を動かし、最後にはスマホを掲げてみせた。
「天才くん、君は今この起きない男性を見て『どうやら自分は失敗したらしい』などど思っているかも知れない」
かも知れないではなく、事実としてとりあえず失敗したのは間違い無いだろう。見て取れる情報はそれだけだ。
「───だが」
と、さっき燃やしたお札をこちらに渡してくる。燃えて、灰すら残さずなくなったはずの。
「だが私は知っている。いや、聞いていた。君は間違えないことを、そして、失敗しないことを」
俺は首を傾げる。
どこにそんな誇大広告が貼ってあるのか。
「実際、君は成功した。どうやら私の呪いは解けてる」
「え、は?」
起きない正造氏。
その現状をして、呪いが解けているという。ではなぜ起きないのか。
根本原因を解決した反動でまだ目覚めていないだけか?
「いやだからさ、呪いは呪いだ。ある程度の制約はあっても私だって一端の魔法使いさ、一市民にどうこうできる程度のものを施したりはしない。それがこんな紙切れで抑え込まれていた」
ちょっとイライラしてた程度でそんな強めに人をのろうなというのはここでは言うまい、キリがないから。
カレンさんは俺の持つお札を睨んで指差す。
「そんなことあっていいはずがない。だが起こった。起こった現象ならば考えられるのは、呪いをおさえるためにさらに何かが乗っかっているということだ」
私の呪いよりも重い、重い何かが。
言われてふと記憶がよぎる。
あの白い塊。何かを吸い取られる感覚。
「あれ、なんだったんですか?」
「私は知らないよ。私にはみえないから。精霊や妖精の類いでないのは確かだね」
むしろ俺はそんなものも知りはしないのだけれど。
「でまあ正直私のしてあげられることはもうなくてね、でもこのまま帰るのは流石に無責任がすぎると思うから事情をはなして準備だけお願いしておいた」
電話?
ずっと掲げられているスマホをふりふりしてスピーカーボタンを押すと、聞き慣れた声がした。
『山野くん? 事情はわかったけど行ってみないとどうともいえないからとりあえず待ってて?』
「自称魔法使いと知り合いなの、弓削さん」
『自称って、それじゃあ私も自称巫女になっちゃうよ。とにかく今から行くから待ってて』
「あ、はい。ご面倒おかけします」
『面倒なんかじゃないよ』
プツッと通話が切れた。
「あとすぐに刀も届くと思う。信長の秘刀[妖刀:魔王]」
「ってことは」
うんとうなづくカレンさん。
「今回は無天の采配ミスだからね。彼にも出張ってもらわないと釣り合いが取れないでしょ?」
「でもあいつ今沖縄じゃ?」
「30分もかからないんじゃないかな?」
「はあ?」
あいつがくるなら俺が何かする必要なかったんじゃないか? ……俺はここまで一体何させられてたんだ。
「いやいや。無天には私の呪いを解くことはできなかっただろうし、そこは君の功績だよ。それに、逆をいえばこれから30分はあれを抑え込まなきゃいけない。君の出番だよ」
カレンさんの言葉に顔をあげると、さっきまで静かに寝ていたはずの正造氏が苦しそうに喉元を押さえていた。
瞬きをするたびに靄がかかっては消えてを繰り返す。
白い何か。
見えているようで見えていない。
定かではないそれを、俺は札を持っている方とは逆の手で引っ掴む。
霞のようなそれは、しかし思った通りに手に収まった。まさかの結果に「えッ?!」と驚きの声をもらす俺に「おおぉ」と感嘆符を漏らすカレンさん。
「え、え、これどうすればいいんですか?!」
「んー、わかんない」
適当な大人め!!!
俺は心の中で毒付いて、手に持っていたお札を握りしめた何かに押し当てた。
目の前が白く発光する。目を瞑ってひらけば消える光。
再度の瞬きで白いモヤが正造氏の上から少し薄らいでいるのがわかった。
一瞬にして押し寄せた全身の倦怠感を思いっきり吸い込んだ空気で腹の底に押さえ込み、札を押さえつける手を強めた。
「均衡は取れたね。じゃあまあとりあえず3人が来るまでよろしく。巻き込まれて消えたくなかったら、手は出さないほうが身のためだよ」
最後に忠告のようなものを挟んで、魔法使いは部屋を出て行った。
この状況で手もかさんのか、あいつ絶対許さん。
押し寄せる疲労と瞬きのたびに起こる発光現象に意識をとらわれ一言も言ってやれずに、俺はひたすら白い何かと綱引きのような何かを続ける。
大人たちが立ち尽くす中、虚空に手を伸ばし続ける俺を由利亜先輩だけが応援してくれていた。




