そんなことある?
全てのものには裏表があるらしい。
ジキルとハイドとか天使と悪魔とか、そういうもので例えられては白黒つけられる。
カレンさんの付けた条件というのは、一番の欲望が満たされた時その人の欲望の中でもっとも小さいものを一番表層に引っ張り出すというものなのだそうだ。
「何かを憑依させることなんてできない、私にできるのは人の感情をほんの少しいじるくらいのものだ」
それが魔法使い、魔女の言い分だった。
「それでその、弄られた感情をもとに戻す方法はないんですか?」
「もちろんあるよ。ただしちょっと高校生には刺激が強いけど」
頑なに由利亜先輩の方を見ないようにしながら、カレンさんは続けた。
「二つのうちの一つは、欲望を満たすこと。彼の場合は暴力衝動だね。日中はギャンブルや酒で紛らわせてるみたいだけど、欲望の昂る夜の時間はそうも言ってないようだね」
萎縮する由利亜先輩の手に手のひらを重ねて少しでもフォローするように努めながら、
「二つ目は?」
帰ってきた答えに、耳を疑った。
:*:*:*:
欲望を満たすということは、暴力衝動を発散させてしまおうということだ。
しかしそれはなかなか難しい。
なにしろ何をどうしたいのかがわからない上に、どれくらいやれば治るのかもわからないからだ。
だから結局解決するためには二つ目を選ぶしかないわけなのだが、その二つ目の条件を聞いて目の前にいる人を白い目でみる他になかった。
「最も大切なものを手放す」
抽象的。曖昧。
「迷惑な話ですよ、本当に」
「だから言っただろう、できないって」
まさか条件を聞いて尚更わからなくなるとは。
「由利亜先輩のお父さんの一番大切なものか……。なんだかわかりますか?」
手は重ねたまま、となりに座った由利亜先輩に聞いてみた。
「わかんないけど……。仕事していた時は楽しそうだったよ?」
「仕事ですか、でも仕事辞めて帰ってきてもダメだったってことはそれが一番大切だったわけじゃないってことですもんね」
「そう言われてみれば、そうかも」
二人で「んー……」と唸りながら、ポツポツ話し合う。
残念ながら答えはでない。
「決まってるじゃない」
真後ろから声がした。美樹氏だ。
二人で振り向いてその顔を見ると、目は至って真剣だった。
何でこんなこともわからないのか、そんな雰囲気でもある。
そして答えを待つ俺たちに、美樹氏は当たり前のように言った。
それをあなたがいうのかと、目を見開いてしまうようなそのセリフを。
「あの人の最も大切なものなんて、由利亜以外にないじゃない」
それを聞いて俺は当たり前のように「ああ、なるほど」と思った。
しかして隣の本人はポカンとしていた。
「え、でも……だって……」
それはまあ当然の反応なような気もした。
「その上で知りたいのは、手放すとはどういう意味?」
美樹氏はカレンさんに詰め寄るように問う。
ぽりぽり頬をかいて、「んー」と唸る。
「多岐にわたる。としかいえない、だから私には何もできない」
やはり曖昧。
というか適当だったのかも知れない。それはそうだ。なにしろ当時はイライラしていた悪戯でやったことなのだから。
誰はともなく、はあ……。とため息をついた。
俺だったか、あるいは美樹氏だった気もする。もしくは同時だったかも。
「なんにしてもまさか呼び出されるとは思ってなかったんだよね。10年もまえのことを、掘り返されるとは思ってもみなかった」
軽口がすぎるなと思った俺の横と後ろで、イラっとしたのがわかった。
「あの、手放すって条件は本当に何でもいいんですか?」
「そうだねぇ、少なくとも死だけを念頭に入れていないことは間違いなく保証はできるよ。私はそこまで落ちてない」
「どうだか」と横と後ろから聞こえた。
手放す。
手放すか。
ないことはない。
だが、それはどうなんだろう。
「どうしたの?」
悩む俺の顔を覗き込むように由利亜先輩が聞いてくる。
「手放すに当てはまるとっても安全なものがひとつあるんですが、どうしたものかと」
「ほんと? やれることは全部やりたいの。お願い、それやっくれないかな」
まあそうだよな。
淡い期待の色がふたりから見えるのが少し怖いが、仕方ない。
すー……はぁ……。大きく呼吸をして触れたままだった手を握り、立ち上がる。
「じゃあ、ちょっとついてきてもらっていいですか」
そう言って正造氏が眠る部屋へと向かった。
落ち着いた様子で眠る正造氏を前にして、ふとこれは届くのかな?という疑問が湧いた。
「どうするの……?」
まあ、やるだけやってみるしかないよな……。
「はい。じゃああの……」
二つ咳払いをして。
はぁ……ふぅ……。
何度目かの深呼吸をして、瞑目する。
意を決して開き、よしっと気合を入れる。
「正造さん。俺に娘さんを、由利亜さんをください」
隣から、「はい」というか細い声が聞こえた。




